可愛い後輩と赤点回避
3年生になってからは後輩に指導することも多くなってきた。
さくらは1つ後輩の女子生徒に自分が去年まで習っていた曲を教えることになった。
さくらは後輩にも関係なく人見知りを発動していたが後輩の方は全く怖気づくことはなく、むしろさくらに積極的に関わってきた。
「先輩! ここはどうやって弾くんですか?」
「え、えっと、ここを弾いてから上に引っ張ってすぐに弦を押すの」
さくらが焦りながら説明すると、後輩がその通りに三味線を弾いてみる。
さくらが思っていた通りに後輩が弾くのでさくらは感心した。
「すごい。1回でできるんだ」
「先輩の教え方が上手いんですよ! 流石は名門のお嬢様です!」
「関係ないと思うよ伊部さん……」
後輩──伊部弥生が目を輝かせながらさくらに詰め寄るが、それに後ずさりしてしまうさくらはコミュニケーション能力がとにかく低いのだろう。
「ところでさくら先輩。聞きたいことがあるんですけど」
「どうしたの?」
また何か曲の質問だろうかとさくらが三味線を持ち直すが弥生は演奏関係ではないらしい。
「相澤先輩と加治先輩のどちらと付き合っているんですか」
「付き合ってないから!」
3年生になってから、というよりあの事件が終わってから数日経ったある日を境に噂はぱったり止んだ。
クラスメートの反応からして何か事情があって止んだというよりただ飽きたのだろう。
「美女は3日で飽きる」ということわざがある。
逆によく1ヵ月も同じ話題がもったものだ。
そしてさくらが針の筵になっていたことを忘れていた今、当時1年生だった弥生に蒸し返されてしまった。
「え、でもあんなに仲いいのに? あ、もしかして3人で」
「違います! 有季君は従兄妹だし、相澤君は……ま、まあ色々あったけど友達なの」
「そうですか。残念です」
さくらはうっかり口を滑らせて前世のことを話さないように気をつけながら弥生の誤解を解いた。
この弥生という少女は中々人のテリトリーに強引に踏み込んでくるらしい。
さくらの苦手なタイプだが悪い子ではないとさくらは思った。
「とにかく私達に恋愛感情はないから。変な噂を立てるのはやめてね。去年それですごく痛い目を見たんだから」
「はぁい」
残念そうに練習に戻る弥生の姿を見届けながらさくらは自分の場所に戻った。
まさかこんなところに自分の地雷が転がっているとは思っていなかったさくらはよくわからない疲労を感じた。
夏合宿が始まる数週間前。
生徒には楽しい夏休みの前にやらなければならないことがある。
「最悪補修に引っ掛からなければいいのよ。赤点回避はできるわ。40点取ればいいんだから」
「そう言っといて未奈っていつもギリギリ39点取って補習になるよね」
「未奈も泉も無駄口叩いてないで早く勉強しなよ。赤点なんて取ったら合宿行けないよ」
さくらが厳しめに赤点の話をする2人に対して注意した。
そう。合宿が行われる夏休み前に学生が為さなければならないこと。
それは定期試験である。
まだ義務教育に位置づけられている中学生のさくら達は赤点を取っても補習や再試験などで卒業することはできる。
だがその補習期間は丁度顧問が決めた合宿日時と被っている。
「うわーん。ちょっと男子達ー、お姫様の脅しをどうにかやめさせて」
「諦めて勉強しなよ栗山さん。今回……ていうか毎回だけど赤点取ったらこの先地獄を見るよ」
隣で勉強している有季も笑ってはいるが完全に未奈を突き放す方向にいる。
昨夜に関しては聞こえないふりをしており、こちらに関わる気は一切ない。
「なんで皆してこんなに薄情なの!」
「未奈が赤点を取らなければきっと優しくなるよ」
「泉に言われたくない!」
未奈と泉はそれぞれ得意分野に偏りが酷い。
未奈は文系科目は一度授業を聞いただけですぐ理解ができるが理系科目はほぼからっきしである。
教科書を読めばかろうじて応用問題も解けるが試験では通用しない。
泉はその反対の科目である。
ちなみにさくらは厳しすぎる母の元で育ったためどれも完璧だ。
「うぅ、楽譜だったらすぐ覚えられるのに」
「和楽も文系科目も楽しいから覚えられるんでしょ。数学も面白いと思えば簡単だよ」
「数字がトラウマです」
「じゃあもう気合で頑張りましょう」
試験勉強に集中したいさくらは投げやりで未奈に返答すると自分の机に向かってひたすらシャーペンを動かした。
「合宿行けないかも。泉、私の分まで練習頑張ってきて」
「大丈夫だよ未奈。私も多分居残り組だから」
諦めムードの2人に視線を移し、1つ呆れたような溜息を吐いたさくらはこれ以上話す必要もないだろうと下校時間ギリギリまで教科を分けながら勉強した。
テスト返却日。
結局未奈も泉も赤点回避ができずに、合宿へ行くことはなかった。
「だから言ったのに」
最後の最後までさくらはどうしようもない親友2人に呆れというより怒りに近いような感情を露わにしていた。
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