多数決
彩果が急に黙り込むので未奈と近くで聞いていたさくらは顔を見合わせて首を傾げる。
「先輩? どうしたんですか」
「え? あ、ああなんでもない。楽しみだね、合宿」
彩果が何ともないと言っているので2人は疑問に思いながらも次に話を進めた。
彩果は抜けているところもある。
恐らくそれで少し間が空いたのだろう。
「まだ決まったわけではないですよ。部員にアンケートを取りますから」
「そう。決まるといいなー。8月上旬か。避暑地だから涼しいだろうなー」
「先輩。それさっき私も同じこと思いました」
未奈と彩果が話に華を咲かせている間にさくらは用紙を再びファイルに戻す。
その時に視線を感じた。
その方向を辿ると奈子がいた。
(……奈子さん?)
奈子は今まで見たことのないような険しい顔でこちらを見ている。
いや、どちらかというと彩果だけを睨んでいるような。
(何かあったのかな)
声をかけようとするさくらだが、その前に奈子がどこかへ行ってしまったので断念せざるを得なかった。
ある程度自主練習の時間も経ったところで顧問から集合の合図がかかった。
いつものミーティングだ。
そして今日の話題は決まっている。
「昨日部長達には話したけど、今年の夏休みは校舎が改装の影響により立ち入り禁止になります」
部員は少しざわついた。
それもそうだろう。
2学期が始まって2週間後には文化祭である。
その文化祭の曲を夏休みで仕上げるという工程が和楽部の恒例である。
その練習がなければ限られている部活で文化祭の発表は中々ハードだ。
「はいはい、皆静かに。ちゃんと先生も手を打ってあります」
そして顧問は持ってきた用紙の束を1人1部ずつ配った。
それはさくらが嫌というほど目を通し、空でも説明できるほど未奈達に話した夏期合宿のプリントである。
「期間は8月上旬を希望しています。技術にムラがないように全員参加希望だけど強制ではないから無理に予定を空ける必要はありません。お盆は何かと忙しいだろうからその前には終わらせようと思います。改装工事は8月の最後の週には終わるらしいからそこで最後の仕上げをする。今年はこういう工程で行こうと思います」
顧問の話はさくらも昨日集会が終わった後聞いた。
だがそのまま持ち上がりで高校に行けばいいさくら達はともかく高校3年生は受験を控えている。
賛成するのだろうかと心配していたがそれは杞憂に終わったらしい。
「それでは票を取ります。賛成の人……もう聞くまでもないわねこれは」
9割近くの部員が迷うことなく賛成の票に手を挙げた。
未奈と泉も挙げている。
挙げていない者もいるが、嫌そうな顔をしていないので恐らくどちらでも良いのだろう。
(あれ?)
先ほど未奈と合宿について談笑していた彩果が手を挙げていない。
誰も不思議に思っていないので見えなかったがさくらは疑問を抱いた。
それに。
(奈子さんも挙げてない?)
部長として顧問の隣にいる奈子も賛成に手を挙げていない。
昨日話を聞いていたため、今挙げなくてもいいだろうと思ったのだろうか。
しかしその表情は険しい。
眉を寄せているので一目見れば怒っているようにも見える。
(どうしたんだろう。何かあったのかな)
「はい。それじゃあ合宿は決定します。日時はまた改めてお知らせします。事前に出られない人は私か部長に言ってください。伝達事項は以上です」
さくらはミーティングが終わると奈子の元に向かった。
奈子はまだ座って部員の様子を見ていた。
「奈子さん」
「神海さん? どうしたの?」
さくらに気づいた奈子が険しい顔を崩して首を傾げた。
その様子だけ見ていると特に何も変わったところは見当たらない。
「あ、いえ、具合が悪いのかなと思って」
「どうして?」
「なんかミーティングの時ずっと怖い顔していたので。何か辛いことでもあったのかなと思って」
奈子は少し驚いたように目を小さく見開く。
だがすぐに戸惑うさくらを見ながら破顔した。
「ごめんなさいね神海さん。でも大丈夫よ。ほら、私元々怖い顔つきだから集中すると般若みたいって言われるの。失礼よね、女性の顔に向かって般若って」
「般若……」
確かにミーティング中の奈子は般若のように顔を強張らせていた。
だが奈子は考え事をしていたり、集中していると厳しい顔つきになると言っている。
(それなら問題ない、かな?)
「心配かけて悪かったわね。私は何ともないから、あなたは練習に戻りなさい」
「あ、はい」
奈子自身が問題ないというのでさくらもそれ以上深く追及することなく練習に戻った。
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