鬱陶しい先輩
まだ外は雨が降っている。
こんな天気では体育もできない。というわけでその時間は自習になった。
だが教師もあまり見回りに来ないので廊下に続く戸を閉めてしまえば中学3年生など50分話しているに決まっている。
さくら達も例に漏れず課題を終わらせたら騒がしい周囲に混じって雑談を始めた。
「ねえさくらちゃん。朝言ってたことって何?」
「朝? 茶番劇のこと?」
「いやそっちじゃなくて」
さくらがあの暇潰しを茶番劇と呼んでいるのだからあれはもうくだらない子どもの遊びのようなものだろう。
思い出せないさくらに有季が言いかけていた内容を教える。
「なんか先生と話し合って新しいことを始めるとかなんとか言ってなかった?」
「ああ」
「え、何それ。昨日集会でそんなこと言ってた?」
さくらと共に部活の定期集会に出ていた未奈も知らないらしい。
何故さくらだけが知っているのだろうか。
「集会では言ってないよ。終わった後私と部長の奈子さんが先生に呼ばれて職員室に行ったの。そしたら今年から部活でこういうことをしようって提案されて」
さくらはファイルから薄い1枚の用紙を皆に見せた。
そこには横書きで色々文字が書いてあるが、一番上の強調された字を見れば大体想像はついた。
「和楽部夏期合宿?」
「そのままだね」
「なんで合宿にネーミングセンス求めてんの泉」
斜め上の回答を笑顔で返す泉に未奈が呆れてから再びその合宿と書かれている用紙に目を通した。
「それはまだ仮ね。もちろん部員の票が集まらなかったら中止だけど。今年は校舎を夏休み中に改装するらしくて、部室で練習ができなくなっちゃうから一時的に。山梨の方に先生の親戚がいるから電話したら貸してくれるって」
「おお。太っ腹ー」
詳細が書かれている下の方を読みながら未奈はもう楽しそうにしている。
「山梨の、精露山? へー。山なんだ」
「そりゃあ山梨だからね。山って言っても貸してくれる所は麓にあるから。実際には登らないよ」
「いいねー。山梨だったら涼しいし、私一回行ってみたかったんだよね」
「まだ行くって決まったわけじゃないけどね」
既に浮足立っている未奈に用紙を返してもらいながらさくらは答える。
「絶対皆賛成するって。特に彩果先輩とか」
「ああ。こういうの好きそうだもんね。今日アンケート取るから聞いてみようか」
タイミング良くチャイムが鳴ったので、さくら達は自分の席に戻り、次の授業の準備を始めた。
放課後。
特に当番もないさくら達は終礼が終わるとすぐに部室へ出向いた。
早めに着いたとは思っていたが、既にそこには高校生など先輩が複数人いた。
揃って楽器の準備をしている。
「お疲れ様です」
「お疲れー」
近くにいた先輩に声をかけるとあちらも手を振って返してくれる。
1年前は空気が悪く感じていたが本来和楽部は日和見主義の争いを好まない生徒が集まっている。
先輩後輩仲もそこまで悪くない。
良すぎることもある。
「妖精ちゃぁぁぁぁぁん!!」
そう。例えばこんな風に。
「痛いです先輩。首折れます。頬ずりしないでください摩擦熱で痛いです」
飛びついてきた彩果を躊躇いなく押し退け、さくらは押し入れにバッグをしまってから自分の三味線を指定の場所まで運んだ。
「ねえねえ聞いて妖精ちゃん」
「そのあだ名を直すまでは口を聞きません」
「もう3年経ってるんだから慣れなよ」
慣れの問題ではないと怒りたいさくらだが、ここで反論しても彩果には平行線を貫かれると諦め、続きを促した。
「どうしたんですか先輩」
「ああそうそう。今日憂鬱でさ。占い最下位だったんだよね」
「聞いて損しました!」
「まあまあ」
湿気のせいで上手く音が合わない苛つきと彩果のどうでもいい話が合わさってさくらの怒りのメーターが上がった。
何とか有季が間に入ってさくらを宥める。
「先輩、今日はやけにテンションが高いですね。占い最下位なのに」
「いやーこんなジメジメした季節だからね。テンション上げてかないと」
「そのテンションをどうか私以外に使ってください」
毎回部活に来る度にそのテンションをさくらにぶつけてくる。
ぶつけられるさくらからしたら大きな迷惑だ。
「だって私の友達は構ってくれないんだもん」
「それが正しいんです」
さくらが音のずれを何とか解決している間に未奈がさくらのファイルを取り出し彩果の元へ持ってきた。
そこには自習中に話題に出された合宿の用紙がある。
「先輩。合宿には興味ありません?」
「え、合宿? あるある。超興味ある!」
やはり彩果は単純だ。
未奈が昨日さくらが聞いた先生からの話を彩果にも説明する。
「すごいいいじゃん! 行きたい! 場所は?」
「ここに書いてありますよ」
未奈は彩果に用紙を渡して場所を指さした。
彩果は指を目で追った。
だが次の瞬間その顔から笑顔が消えた。
「……精露山?」
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