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私と彼女の物語  作者: 雪桃
中学二年生(全19話)
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不穏な予感

 さくらが新しい楽譜をもらった後。

 講師に言われて毎日家にある三味線で何時間も練習を繰り返していた。

 食事も睡眠も惜しんで。


「さくら。いつまで練習しているのですか。そろそろやめなさい」

「でもお母さま。どうしてもここのフレーズが上手くいかないの。練習不足だからでしょ」

「何度も言っているでしょう。疲労は集中力の敵です。3食、8時間睡眠、適度な休憩を摂って万全な状態になったら弾けなかったものも全て思い通りになります。さあ、早く片づけないと締めだしますよ」


 練習室の鍵を持って脅しに来る母に逆らえるわけもなく、さくらは仕方なく楽器部屋に三味線を置き、練習部屋を後にした。

 背後で母が練習室の鍵を閉める音が聞こえる。

 さくらはその音を聞きながら少し胸騒ぎを覚える。


(もっと練習しないと。重役を任されたんだから)


 さくらは胸の前で手を握りしめて1つ頷いた。




 部活の間、さくらは何も口に出さず、ミーティング以外は三味線から手を離さなかった。

 集中していると言えば聞こえはいいが、何かに取り憑かれているような雰囲気にも見える。


「イケメン君」


 そんなさくらの様子を険しい顔で観察している昨夜の側に寄って彩果は声をかけた。


「えっと」

「未名河彩果。彩果先輩でいいよ」


 急に声をかけられた昨夜は一瞬たじろいだがすぐにいつもの動じない顔に戻り、彩果を見据えた。


「どうしたんですか先輩」

「それはこっちのセリフかなー。君、妖精ちゃんに随分嫌われてるみたいだけど、何かしたの?」


 努めて冷静に、優しく諭すように問う彩果だが、昨夜は言葉を濁すように目を逸らして話題から外れようとする。

 その視線の先にはさくらの後ろ姿も映っている。


「最近妖精ちゃんおかしいと思わない? そりゃ難しいパート任されたら嫌でも責任負うけどさ。なんかあれじゃ病気みたいじゃない。それか何かに操られてるとか。ほら、さくらこ様みたいに」


 彩果の最後の言葉に予想外だと言うように昨夜は目を見開いて見返してきた。


「おお。そんな表情初めて見た。図星?」


 揶揄うような反応をする彩果だがその目は笑っていなかった。

 彩果は周囲を見回し、誰もこちらに注目していないことを確認すると静かに立ち上がって昨夜を手招きした。


「ここだと聞かれちゃいけない人もいるから楽器部屋に行こうか」


 昨夜は逡巡(しゅんじゅん)したが、すぐに目立たないように人の目を盗みながら彩果についていった。


「一応鍵しめておこうか。奈子さんにはメール入れとこう」


 彩果はすぐにスマホを取り出し素早く奈子にメールを打つと昨夜と対面するように立った。


「1つ質問したいんだけど。あなたは妖精ちゃんの味方?」

「……俺の言うことを信じるんですか」

「返答次第かな。でも正直あなたは味方だと思うんだけど」


 何故と言うような表情の昨夜に彩果は自分の考えを述べる。


「だって危害を加えたいならこんなあからさまに苦手意識を持たせちゃダメでしょ。ほら、ドラマとかでもよくあるじゃん。油断させといてある程度隙が見えたらプスッと」


 彩果の例えはよくわからないが言わんとしていることは理解できるので一応昨夜は相槌を打っておく。


「それで、私の質問に答えて。あなたは敵? 味方? ついでに前世とやらも教えてくれると助かるな」


 彩果には何もかもお見通しなのだろう。

 単純に見えて実は恐ろしい思考を持っているのではないかと昨夜は警戒しながらも口を開いた。


「俺は、自分では味方だと思っています。前世というか、昔の記憶が戻ったのは中学に入ってから。1年の春に高熱が出てそこから記憶が全て戻りました。丁度親の転勤が決まったので公立ではなく私立の中学に」


 記憶と共に自分が探している少女がどこにいるのかもその時に流れ込んだらしい。

 だから親に願って私立への編入試験を受けさせてもらったという。


「俺は昔、未来と呼ばれていました。この名をつけたのは自分が仕えていた名家の姫だった」

「それがさくらこ様だったってわけね。オッケー。その後は去年文献で読んだことあるから省いていいよ」


 彩果はさて、と言いながら真剣な表情で何か考えていた。


「イケメン君はこれからどうしたい? このままじゃ妖精ちゃん死んじゃうよね。別に昔にしがみつかなくてもいいけど妖精ちゃんが死んだら色々報復が来そうだな」


 能天気そうな声をしているが彩果はこの間一度も他人の前で出している笑みは浮かべていない。

 どちらかと言うとさくらを脅かそうとしているものに容赦しないような暗い表情を浮かべている。


「俺は守りたい。千年前は守れなかったさくらを、あいつから」

「そう。じゃあ協力しましょうか。私も妖精ちゃんが死ぬのは嫌だから。君は黒幕君だけどうにかしてね。私は外堀を埋めておくから。ああでも」


 昨夜が彩果の指示に従うと言うように力強く頷く。

 その目を見ながら彩果は付け加える。


「あなたのこと完全に信用したわけじゃないから。精々頑張ってね。大好きな姫様を見捨てた哀れな武士君」

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