不思議な行動
結局昨夜が来たのは集合時刻5分前だった。
遅刻ではないから誰も咎めはしなかったがさくらは疑問を抱いた。
「なんでこんなギリギリに……」
「やっぱ気になってるんじゃないの妖精ちゃん」
さくらが眉を寄せて彩果を睨む。
彩果は悪びれもせずに嫌な笑い方をしながらさくらを横目で見返した。
「違います。だって2年とは言え新入部員ですよ。ちょっとは早く来て手伝いをするとかあるでしょ」
「いや、普通の後輩はそんなことしないよ。みんな大体おしゃべりして先生に叱られることが多いし。むしろ妖精ちゃんだけだよ。馬鹿みたいに真面目に準備してる人」
「ば……」
容赦のない彩果の発言に傷つきながらさくらは淡々と調弦をしていく。
素人には音の違いを見極めるのは難しいがさくらは楽器と触れ合って十数年である。
少しの差も理解できる。
「それに相澤君は数少ない男子だし。居心地悪いんじゃない。そこをさくらちゃんがフォロー」
「それ以上無駄口叩いてると先生に言いつけますよ先輩」
さくらが不機嫌になりながら強めに彩果を脅す。
だが彩果は全く気にしている素振りもない。
ただ講師に叱られるのは嫌なのか大袈裟に肩を竦めながら手を振って自分の持ち場に帰っていった。
「先輩は斜め上の発言が多いねぇ」
「泉が言うことじゃないね」
斜め上の発言をする点では彩果と泉は似たもの同士だ。
周りは迷惑そうにしているが本人はそこまで気にする素振りもない。
「それよりさくら。準備が終わったら先生のとこに来なさいって言ってたよ。パート分けの話じゃない?」
「うぇぇ。目立ちたくないよ」
「神海家に産まれたことを後悔しなさい」
肩を落とすさくらに手を振ってから未奈と泉も離れていってしまった。
1人になったさくらは溜息を吐きながら準備を終わらせてメモ帳と筆記用具を持つ。そんな時に側に寄る人物がいた。
「もうなんですか先輩。からかうなら後にして……」
そこにいたのは彩果でも未奈達でもなかった。
さくらを見下ろしているのは昨夜だ。
昨夜は用紙を数枚さくらに渡した。
「な、なんですか」
「楽譜」
「え?」
よく見ればそれは公演で弾くはずの三味線の楽譜だった。
現在持っているものよりも随分複雑になっている。
「先生が少し席を外すから代わりに渡しておいてくれだと」
「あ、ありがとう、ございます」
さくらに用紙を渡すと昨夜は前々から指示されている楽器の準備に向かった。
さくらは呆気にとられながら後ろ姿を見送る。
「それだけ?」
今まで、というか有季が転校してくるまでの1週間余りを考えると何か惑わされるような発言をされるのかと思って身構えていたさくらは拍子抜けしたように口を開けてその場で固まってしまった。
「あ、そ、そう。それだけならいいんだけど」
誰に言うわけでもなく1人で釈然としないのか納得したのかわからない声を出した。
「……練習しよう」
思考を放棄したさくらは難易度の高くなった楽譜を仕上げるため休憩なしで2時間あまりの自主練をこなした。
集中しすぎて思考を放棄したさくらは自分が誘った有季のことをすっかり忘れていた。
時間が経ち、片付けも終わったところで有季がさくらに声をかけた。
「お疲れ様さくらちゃん。帰る?」
「お疲れ様。あれ、なんで有季君部室に……」
首を傾げたさくらはすぐに自分の失態を思い出し声には出さなかったが顔は青くなった。
「ごめん、有季君」
「大丈夫。僕が目の前にいても全く気にせず集中しているさくらちゃん格好良かったよ」
「本当にすみませんでした」
今の有季の笑みはいつもの優しさも含まれているが、何か影が含まれているようにも感じたさくらは素早く綺麗な土下座を見せた。
「それより早く帰ろう。もう大体帰ってるよ」
有季の言葉に顔を上げると本当にもう2人以外誰もいなかった。
未奈達も既に帰っているらしい。
自分が時間を忘れて練習に励んでいるのに友人は何も言わずに帰ってしまうのか。
「薄情者」
「いや、さくらちゃんが声をかけるなってオーラ出してたからだと思うよ。流石名門。意識が素人とは違うね」
膨れ面をするさくらに有季は正論を返答する。
「行こうかさくらちゃん。早くしないと下校時間も過ぎちゃうよ」
「そうだね。ちょっと待ってて」
さくらは急いで楽譜やファイルをしまい、バッグを肩に担いだ。
「お待たせ」
「うん。あ、背中に何かついてるよ。取るね」
さくらは先程の集中力が切れたかのように帰り道では全く警戒心も緊張も抱かずに有季に背を向けた。
だからわからなかった。
有季が呪符をさくらに埋め込んだことも。
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