部活
「本当にいい音だったなー」
まだ真新しい制服に身を包んださくらは通学路を1人で歩いていた。
その頭の中は件の琴が占めていた。
「それにしても不思議だな。なんでみんなして私に賛同してくれないんだろ。使用人まで私を頭のおかしい子扱いするし」
母に気味悪がられた後、姉にも琴を弾いて聞かせてみた。その返答が「お前は私の受験を失敗させる気か。邪魔だから出てけ」だった。
普段はシスコンでさくらにとても甘い姉にそんなことを言われたさくらは大分ショックを受けた。
使用人はもう少し優しかったがそれでも対応は同じだった。
(私は何回弾いてもただいいとしか思えなかったけど。みんなが否定するせいでちょっと息苦しくなっちゃったし)
「はあー」
まだあの息苦しさが残っているのかさくらは胸の辺りをさすりながら1つため息を吐いた。
吐き終わった後、不意に何かの気配を感じる。
「?」
振り返るが誰もいない。人通りが少ないにしたってこんな真夏の昼間から不審者などいるものか。
(気のせいかな)
今は8月真っ盛り。学生はまだ夏休みだ。それなら何故さくらが制服を着て学校へ向かっているのか。
さくらは学校に着くとすぐに5階の目的地へと足を運んだ。
体調が良くても1階から最上階まで階段で上がらなければいけないということでさくらの息も段々荒くなってきた。
「こ、こんにちは」
やっとのことで5階まで上がってきたさくらは広々とした部屋の戸を開けた。
さくらが目指していた場所は学校の一角にある和室である。
彼女は和楽部という部活に所属しており、今日は稽古日なのだ。
家では愚痴を言っているが自主的に部活を和楽にするところ、結局好きなのである。
「あれ、みんな早い」
さくらの前には既に数人が楽器を準備したり自主練習をしている。
稽古をつけてくれる先生や顧問はまだいないことから遅刻はしていないだろう。
さくらは鞄を置いて手招きされている方へ寄っていった。
「やっほー妖精ちゃん。これ旅行先のお土産。食べる?」
「お久しぶりです未名河先輩。いただきます。そしてそのあだ名はいつになったら改めてくれるんですか」
さくらが手招きされたところには女子生徒が3人いた。
そのうちの1人、さくらの一つ上の先輩である未名河彩果から菓子をもらう。
ついでとばかりにさくらはジト目で彩果を睨む。
「えー。だって可愛いじゃない。絵本の妖精は可愛い。さくらちゃんも可愛い。ね?」
「ね、じゃありません。もちろん褒められるのは嬉しいですよ。でも範囲ってものがあるでしょう。中学生にもなってあだ名が妖精とか痛い子じゃないですか」
彩果は独特の感性というのか、頭はいいが少し抜けている部分があり、たまに突飛なことを言うことがある。
さくらにつけた『妖精ちゃん』というあだ名も元々は新入部員のさくらに「妖精みたいに可愛いね」と話しかけたことがきっかけだ。
その時は嬉しかったが公衆の面前で思いきり「妖精ちゃーん!!」などと言われれば他人の目が痛い。
「確かにさくらは誰がどう見ても美人だけど妖精ちゃんは」
「きついねー」
「でしょ! 未奈も泉もそう思うでしょ!」
2人のやり取りを見ていたさくらの同級生、栗山未奈と石川泉に激しく同意を求める。
さくらに若干引きながらも2人は頷く。
「彩果先輩も自分に当てはめてくださいよ。恥ずかしいでしょ」
さくらに言われて彩果は脳内で考えているのか視線を上に持っていく。
しばらくして1つ頷く。
「私さして気にならないけど」
「なんで!?」
てっきり同意してくれるかと思っていたさくらは両手を床につけて項垂れた。慰めるように泉がさくらの背中に手を置く。
「そういえば今日は少し遅かったね妖精ちゃん。いやずっと遅刻なしだから全然いいんだけど、いつも私達より早く来るのに。またお母さんに絞られてたの?」
「いいえ。お母さまは今日から関西の方で舞台があるのでいません。ただ先週からちょっと不思議なことが起こりまして今日もそれについて考えてたら時間が過ぎてました」
「不思議って? オカルト系? 心霊系?」
「どっちも一緒だと思うよ泉」
心霊スポットやそういった類が大好きな泉は不思議なことと聞いた瞬間から目を輝かせていた。
逆にそういうものがあまり好きではない未奈が冷めた目をしている。
「ねえねえさくら、聞かせてよ。それとも秘匿なもの?」
「別に秘密にしなきゃいけないものでもない気がするけど」
さくらは3人にわかりやすくかいつまんで説明した。
自分で話していく内に何の情報もなくただ蔵の中に琴があってそれを弾いたらさくらはいい音だと思ったが他は気味悪がったという何とも信憑性の薄い話題だった。
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