痛い視線を逃れるように
翌朝。身支度を済ませたさくらが玄関を出ると、有季が待っていた。
「おはようさくらちゃん」
「おはよう……ってあれ? 私出発時間言ってないのによくわかったね」
「昨日の様子から大体この時間だろうなって予想はしてたよ。おばさんのことだからさくらちゃんが忘れ物して取りに帰っても余裕の時間に出すと思って」
有季の予想はあながち間違いでもない。
心配性の母のせいでさくらは始業のチャイムより30分早く登校させられる。
おかげで無遅刻だが低血圧のさくらにとって早起きは辛い。
「お母さまが厳しいから授業中寝ることはないんだけどお昼ご飯食べた後は耐えるのに必死だよ」
「ああ。僕もわかるよ。特にこの時期はあったかいから辛いよね」
通学路を歩きながらさくらと有季は談笑する。
時間が早いためか、人通りも少ない。
あっても通勤するために駅まで向かう会社員くらいだ。
のんびり歩いているのは2人くらいである。
「そういえばさくらちゃん」
「ん?」
「さくらちゃんの隣にいる金髪の男子と付き合ってるの?」
予想外の質問にさくらはぎこちない動きで歩いたため小石につまづいてしまった。
慌てて有季が転ぶのを食い止める。
「大丈夫? 気をつけて」
「う、うん。えっと、なんでそんな話に?」
「いやだって昨日の女子の反応を見ればそうじゃない。二股とか言われてたし」
「全部勝手な妄想だよ」
さくらは有季が来るまでの1週間余りを説明した。
今思えば学校中の女子はせっかちだ。
何故初対面のさくらと昨夜が付き合ってることに結びつくのか。
そもそもクラスメートはさくらが人見知りなことくらい周知のはずだ。
未奈と泉以外とはほとんど話さないような彼女が男子と積極的に話すことなどありえない。
もちろん有季は除くが。
「じゃあさくらちゃんは困ってるってこと?」
「困ってるどころか迷惑してるよ。私は平穏無事に学校生活を送りたいの。友達だって未奈と泉だけでいい。なのにこんな敵視されて。早くクラス替えになって離れたいな」
昨夜のことを心底迷惑そうにしているさくらの様子を一目見てから有季は口の端を小さく上げた。
「じゃあ極力僕が一緒にいてあげるよ。従兄妹だっていうのはもう知られてるし、転校生で何かと手伝いが必要だってわかっていれば変な噂も流れないでしょ」
「え、本当? でも有季君はそれでいいの?」
「いいよ。さくらちゃんと一緒にいられるだけで楽しいから」
さくらは有季の優しい顔に解されたように強張っていた顔を緩めた。
「それじゃあお願い。あ、でも未奈と泉はどうしよう」
「それはそっち優先にしなよ。僕よりも長い付き合いなんだから」
「そう。ありがとう」
有季の親切さに改めてありがたい気持ちになるさくらだった。
だがふと思い出す。
(そういえば、相澤君が言ってた1000年前のこと。有季君に言った方がいいかな)
口を開きかけてさくらは思いとどまった。
神海家の血を引いているとは言え有季は一般人だ。
わざわざ1000年前の前世がという今で言えばオカルト染みた話など誰が信じるか。
いや、有季なら信じてくれるかもしれないが困惑することは間違いないだろう。
(折角親切にしてくれてるんだから恩を仇で返すような真似はやめよう)
さくらは間違っても口が滑らないように気をつけながら有季と学校まで登校していった。
有季は人当たりが良い。
クラスメートの輪の中に入るには半日もあれば十分だった。
昨日はさくらが学校を案内していたのであまり話す場面は見なかったが、今日は用事もないため、昼休みには彼の机に男女問わず生徒が集まった。
「うわーすごいねー。先週までは相澤が人気だったのに」
「みんな現金だから。でも相澤君もあそこまでは集まってなかったと思うよ。ねえさくら」
「私には関係ありません」
あくまで白を切ろうとするさくらは極力そちらを見ないようにしながら箸を進める。
今のところ噂はこれ以上広がってはいない。
このまま過ぎてくれればいつか生徒も飽きるだろう。
「でも加治は守ってくれるって言ってたんでしょ。それなら逆にべったりくっついてた方が良くない?」
「良くない。守ってくれるって言うのは私に恋愛感情はないよってことを証明してくれるってことなの。それが有季君にべったりしてたら私達は相思相愛ですって言ってるようなものじゃないの」
「違うの?」
「泉はちょっと黙ってて」
話についていけないのかついていこうとしないのか泉は斜め上の発言しかしない。
なので手慣れたさくらは泉を軽くあしらってから未奈と会話を進めた。
「有季君が自分より未奈達と学校生活を楽しんでって言ってたの。私もそうするつもりだから見捨てないでね」
「見捨てるも何ももう何年の付き合いよ。切っても切れないでしょ」
「腐れ縁だもんね」
「その言い方やめてよ。幼馴染でいいでしょ」
「どっちも同じ意味よ」
軽口を叩き合いながらさくらは有季には目もくれずに未奈達と昼休み中ずっと談笑した。
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