確認
「お、さくらおかえり……ってどうしたのその顔。また貧血?」
トイレに行く前よりも余計顔色が悪くなっているさくらに未奈は慣れた手つきで保健室へ行く準備を始めた。
その様子を見ながらさくらはゆっくり首を振って否定を示した。
「違う。えっと、トイレに大きい虫がいて。急に目の前に来たから悲鳴上げて走ったの。多分それ」
「えっ、虫……私今からトイレ行こうと思ったのに」
未奈がさくらの答えに引き攣りながら泉に助けを求める。
「いいよ未奈。虫見つけたら私が捕まえてあげるから」
「救世主。じゃあごめんさくら。行き違いになるけど私達もトイレ行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
泉は元々行く気がなかったらしいが、虫嫌いな未奈に頼まれては一緒に行かざるを得ない。
先に立ち上がった未奈に続いて教室を出ていった。
さくらはそれを見計らって自分の机に弁当箱ごと戻る。
時刻は12時50分。授業が始まるまで後10分ある。
これまでの観察だと昨夜はそろそろ帰ってくるだろう。
そう予想していたさくらの読み通り、昨夜は隣の席に戻ってきた。
だがさくらには目もくれず、次の授業の予習をしている。
「あの、相澤君」
さくらが周りに聞こえないようにごく小さな声で昨夜を呼ぶ。
聞こえたかさくら自身も定かではないが昨夜が手を止めて横目でこちらを見たので聞こえてはいるのだろう。
「何」
「えっと」
さっき女子トイレにいたか、など聞けるわけがない。仮にいたとしても確実に返答は否だろう。
そもそも廊下を歩いている他の生徒が目撃しているはずだ。
だが声をかけた手前何か質問しなければならない。
「ひ、昼休みって何してるの。毎回どこかへ行ってるでしょ」
苦し紛れの質問に昨夜は目を逸らしまた予習に戻ってしまう。
「ちょっと」
「言う必要あるか」
「え、でも気になる」
「事務連絡以外で話しかけるなと言ったのはそっちだろう」
そう言われてしまうとさくらは反論ができなくなってしまう。
それ以上待っていてもただクラス中に視線を向けられるだけなので、諦めて視線をずらす。
(一体何がしたいの。私はいつまでこんな気持ちでいなきゃいけないの)
さくらはもどかしさが詰まった胸中で午後の授業を迎えた。
翌日の朝。さくらが登校の準備をしていると正門のインターホンが鳴った。
「押し売り?」
「こんな朝早くから来るわけないでしょう」
さくらと母が会話をしている間に使用人が門の方まで確認しにいく。
すぐに戻ってきたが、どことなく急いでいた。
「誰でした」
「えっと、お嬢様方の従兄妹だという方がいらっしゃいました。加治さんという男性なんですが」
「加治?」
「ああ、有季君のことね。いいわ、まだ時間はあるだろうし上がらせなさい」
心配性である母が従兄妹と名前を聞いただけで家に上がることを許した。
そのことにさくらは驚きを隠せなかった。
「お母さま。私知らないんだけど。加治さんって?」
「ああ。会ったのは1回きりだしそれも幼い頃だったので無理はありませんね。彼は……」
「お邪魔します。急な訪問ですみませんおばさん」
母とさくらがいるリビングの戸を遠慮がちに開ける音が聞こえた。
その奥にいたのは女の子と見間違えてしまいそうな綺麗な顔立ちをした少年だ。
男子の制服を着ていなければ女だと言われるだろう。声は少々低い。まだ声変わりの途中なのだろうか。
「いらっしゃい有季君。遠慮しないで入ってらっしゃい。お茶くらいは出せるから」
まだ登校までには時間がある。
よく見ると有季の制服はさくらが通っている中学の柄だ。
「ありがとうございます。久しぶり、さくらちゃん」
さくらの前の席に腰かけた有季は母に礼を言うとさくらに挨拶してきた。
だがさくらにとってはほとんど記憶にない男の子だ。
緊張して声が出ない。
「あれ、さくらちゃん?」
「ごめんね有季君。さくらったら小さい頃のことだからか全く覚えていないみたいなの。しかも極度の人見知りだから。特に男の子にはね」
母が仕方なさそうに硬直しているさくらを見ながら説明した。
「そうだったんですか。じゃあ実質僕は初めましてになるんですかね」
「さくらにとってはそうなるんでしょうね。さくら、硬直していないでちゃんと挨拶しなさい」
母に促されたさくらが硬直から一気に解放され、錆びた機械のように口を開いた。
「は、はじめまして。じ、神海さくらと言いましゅ。ふ、ふちゅつかものですがよろしくおねがいしましゅ」
ところどころ噛むさくらに呆れたように母は溜息を吐き、有季はおかしそうに肩で笑った。
「さくら。不束者は結婚する人が言うものです。あなたは有季君とお見合いでもしているのですか」
「うぇ!? い、いや、まだ私中学生だから結婚は考えられない……」
「1回顔洗って落ち着いてきなさい。話はそれからです」
パニックになるさくらは母に半ば強引に洗面所まで送り込まれた。
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