表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私と彼女の物語  作者: 雪桃
中学一年生(全17話)
15/154

不審者の正体

 相変わらずの猛暑の中、さくらは汗を掻きながらも部活へ向かった。

 既に到着していた未奈と泉に昨日の不完全燃焼となった不審者問題を伝えたら重く溜息を吐いた。


「優柔不断というか、肝心なところで決断が甘いんだから」

「でも気持ちはわかるよね。さくらちゃんのお母さんのことを考えなくても不審者の相談なんて簡単にできることじゃないもん」


 同情されたとしても状況は一向に明るくならない。むしろ先延ばしにしてマイナス方向に進んでしまった。

 さくらも自分の思いきりの悪さには反省している。


「家に帰るのが億劫だよ。多分今日も言えないまま過ぎるんだよ」

「私達じゃどうにもできないから。さくらがどうにかしないと一歩も進めないよ」


 未奈の突き放すような、だが応援しているような言葉にさくらは何とも言えないような気分になった。

 とにかくこの部活中に心を整えておかなければ家でまたまごつくことに変わりはない。

 さくらは心ここにあらずの状態で自分の楽器を準備しだした。

 部員が多く、講師も手の回らない状態だった為、注意されることもなかったのが幸いだっただろう。


「トイレ行ってくるね」


 考えすぎて頭痛を起こしたさくらは未奈に伝言をしてからトイレに向かった。

 洗面所で少しだけ顔に水をかけて冷やす。

 スカートからハンカチを取り出し顔の水を拭きとってから乱れた髪を直し、その場を後にした。

 だがその時。


「おい」


 さくらがトイレから出てきた所を見計らっていたかのように左隣から男の声が聞こえた。

 和学部にも数人男子生徒はいるが、人見知りが激しいさくらには異性の親しい友人はいない。

 大きく体を震わせてからさくらは恐る恐る左を向く。


「!?」


 さくらの隣に立っていたのは身長180センチメートルはあると思われる成人の男だった。

 だがさくらが驚いたのは男の服装だ。真夏だというのに厚目の青い着物と袴を着て、長髪を下の方で1つに纏めている、

 まるで武士のような出で立ちをしている。どう考えても学校の関係者とは思えない。


「あ、あの、う、え……」


 人見知りのさくらは声をかけるどころかまともに声を出すことさえままならない。

 そんなさくらに有無を言わせず手を引いた男はそのまま上に向かった。


「え、え……」


 まさか不審者がとうとう学校にまで乗り込んできてしまったのだろうか。それなら叫んで誰か呼ばなければ。だが恐怖で声を出すことができない。

 男に連れ出され、とうとうさくらは炎天下の屋上へと来てしまった。

 周りには生徒1人としていない。


(なんで屋上? まさかここから落とされるの?)


 特殊な性癖を持つ人間はどこにでもいる。

 例えばこの男が女子を落として殺すことを性癖とする男ならさくらは──。


「おい」

「ひっ!」


 さくらが脳内で最悪な想像をしていると男が再び眼前にまで迫ってきた。

 さくらは後ろに尻をついて立つことができない。


「大丈夫か。顔色が悪いが」


 大丈夫なわけがない。

 見知らぬ男に炎天下の屋上まで引っ張られ、今にも殺されそうな雰囲気なのだ。

 さくらは心臓が口から飛び出してしまいそうな気分でなんとか言葉を紡いだ。


「あ、あの、こ、殺さないでください」


 男はその彫りが深い顔立ちを歪めて怪訝そうな顔をした。

 余計人相が悪くなるのでさくらはもう失神寸前である。


「ご、ごめんなさい。な、なんでもしますから」

「殺す? 幼い娘がそんな物騒なことを言うな。大体誰が誰を殺すと言うんだ」


 何故か説教をされている。

 パニックになっているさくらの脳は片隅でそんな感想を抱いた。


「あ、あなたが、私をここで……」


 さくらが相手の癪に障らないように恐る恐るゆっくりと説明する。

 既に涙目ですぐに決壊しそうだが大声を出したら何をされるかわからない。必死に耐える。


「……俺がいつどこでお前を殺すと言った」


 だが男はさくらの努力など全く気にも留めず、むしろ心外だとでも言う風に返答した。


「へ? だって」

「俺はお前に聞きたいことがあってここまで連れてきた。なのにお前は勝手に妄想をして俺を殺人者にしたいのか」


 さくらは物も言えなかった。恐怖からではない。

 事情など一切話さずに知らない男に連れてこられれば誰だって物騒な予想くらいするだろう。

 それをこの男は『妄想』と言い切り、よもやさくらを勝手に被害者ぶる迷惑な女のように見ているのだ。

 こんな見下されてはいくら臆病なさくらでも怒りを覚える。


「あ、当たり前です。名前も知らない男性に連れてこられて怖がらない人なんていませんよ。それが私のようにまだ子どもなら尚更です」


 さくらの論はもっともだが男はまだ納得していないようだ。


「名前も知らない? 俺はお前のことをよく知っているぞ」

「え、まさかストーカー……」

「神海家のことはずっと知っている。さくらこ様の側近をしていればその血縁者を知らないわけがない」


 さくらの言葉を遮るように男は言葉を続ける。

 最後の言葉にさくらは耳を疑った。


「さくらこ様……ってまさか」


 さくらの信じられないと言ったような顔に対して男はすぐに1つ頷いた。


「俺の名は未来。10000年前、さくらこ様を守り切れなかった情けない武士だった」

感想・誤字報告お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ