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私と彼女の物語  作者: 雪桃
高校二年生(全33話)
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自分は被害者

 予鈴が鳴った。それなのに未奈は帰ってこない。


(この調子だと、恐らくあの子は任務を遂行できたようね。でも一応)


 怪しまれないように未奈が来ないことを訝しむフリをしながら更衣室を出る。

 体育館を見回し、未奈の姿がないことを確認してからさくらは近くのトイレへ向かう。


「……あら?」


 トイレに着いたさくらだが、そこには大きく故障中と書かれた貼り紙があった。


(ここにいないということは本館に行った? でもそれならどこでおびき寄せたというのかしら)


 さくらがその場で立ち尽くしていると、後ろから慌ただしい声が聞こえてきた。


「早く救急車を!」

「頭を打ってる! 動かさないで!」


 教師がさくらの背後を走っていく。その顔は焦りに満ちている。


(ああ、そういうこと)


 その様子だけで何が起きたかわかったさくらだが、敢えて何も知らないフリをして体育館へ戻った。

 体育館に到着した時には既に授業開始一分前で、ほとんどのクラスメイトが談笑していた。


「ん? さくら一人か?」

「うん。未奈ってばトイレに行ったきり戻ってこなくて。近くのトイレも故障中だし並んでるのかな」


 昨夜と有季と合流したさくらは未奈を探すように視線を左右へ動かす。まるで先程の教師の様子も忘れているかのような動きに誰も疑う素振りはない。

 一分後、授業が始まっても体育教師は生徒の前に姿を出さない。

 数分は何事もなく話していた生徒だが、十分もすると不審な声が上がり始めた。


「先生忘れてるのかな」

「もう少し待ってみてもいいんじゃない?」


 心配そうな声とこのまま授業が縮まればいいというような声が聞こえてくる中、さくらは顔にこそ出さないものの、内心では仄暗く笑っていた。


(そうでしょう。未奈はさくらの親友と呼んでも過言ではない。撫子と同等か、それ以上の打撃を与えないと、目を覚ましたら厄介だから)


 元々さくらの身近にいる人間は全て排除するつもりだ。

 現段階で未奈を殺すつもりはないが、打ち所が悪く、一生目覚めなくても特に構わない。


「そういえばまだ来ないな」

「何が?」

「栗山が」


 目の前にいた昨夜が先程からいないことを挙げている未奈の名前を出す。

 これ以上とぼけると流石に友人としては怪しまれるだろう。


「うん。流石に遅すぎるし、どこかで具合が悪くなってるのかもしれない。私ちょっと近くのトイレに行ってくるからそのうちに先生が来たら伝えて……」


 さくらが伝言を残して出口の方に向かおうとすると、そこから体育教師が息を切らせながら入ってきた。


「あ、先生。あの、ちょっとトイレ……」

「お前ら、今日は自習だ。着替えて教室に待機してるように」


 体育教師の言葉に生徒はいっそうざわつき始める。しかし、体育教師が強く出るよう促したため、仕方なく更衣室へと全員向かった。


「神海」

「はい?」


 さくらも更衣室に向かおうとして、体育教師に引き止められる。


「放課後、担任のところに行きなさい。少し話がある」

「え?」

「いいな」


 それだけ言うと体育教師はすぐにまた廊下を歩いていってしまった。


(……まさかバレた? いいえ、まさか階段から落ちたくらいで私が疑われるわけない。でもあいつが何かしでかしたら私に疑いが向いても仕方ない)


 先手を打ちたいところだが、誰をどう始末するかは決まっていない。

 ここで抗っても自分の疑いが深まるだけなので、放課後まで待つことにする。

 結果として、さくらの不安は杞憂に終わった。


「今日、栗山さんが階段から落ちて頭を強く打ったの。今は病院にいるけれど意識は戻っていないわ」

「未奈が!?」


 さくらは心底驚いたように、声を大きくする。

 職員室なので最低限の声だが、それはまるで親友の事故を初めて知ったというような表情だ。


「ええ。それに、念のため調べてもらったら、ただの事故ではない可能性が高くて」

「ただの事故じゃない?」

「あの頭の打ちようは誰かから強く押されないとできないものらしいし、栗山さん自身咄嗟に落ちたというような頭の打ち方だったから」


 そこまで解析できるとは今の技術はすごいと感心しながら、さくらは更に担任に質問する。


「それで、どうして私を呼んだのですか。確かに未奈とは仲がいいですが」

「最近、この学校で未奈さん含めて三人も意識不明の重体を起こしているわ。それに、神海さんのお姉さんも被害に遭ってるでしょう。もしかして何かあるんじゃないかと思って」

「何か、ですか。正直、うちは名門なので、そういう危険性はありそうですが、しっかり警備をしてもらっているつもりですし、今のところ怪しいと思うものはわかりません。ただ」

「ただ?」

「もし私のせいで皆が被害に遭っているなら、本当に許せないし、怖いです」


 さくらが顔色を悪くしたところを見て慌てて担任は首を横に振る。


「だ、大丈夫よ! もしかしたら本当に偶然かもしれないし、神海さんが気に病むことはないわ」

「はい、ありがとうございます。でも一応、これからは気をつけたいと思います」


 担任に挨拶をしてさくらはすぐに職員室を出る。


(まあ、さくらの家系的に疑われても仕方ないわよね。でもさくらは人に好かれるタイプだし、早々に容疑者から外されるのは幸運だったわ)


 さくらは今の即興劇に対して、声に出して笑わないことが何よりも辛かった。

 担任が心配そうにさくらを励ますのも、自分が犯人なのにわざわざ被害者面をするのも、面白くて仕方がない。


(いけない、顔を締めないと。折角今日も昨夜くんと帰れるんだから。怯えているか弱い女の子だと思われないと)


 さくらは緩む頬を無理矢理引き締め、真剣な顔を崩さないように昨夜の待つ教室へ向かった。

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