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私と彼女の物語  作者: 雪桃
中学一年生(全17話)
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琴姫様

 さくらこが音を奏で始めると貴族達は一瞬にして静まり返った。

 貶すような目で見ていた者も、好奇な目を向けていた者も一斉にさくらこの音色に聞き酔いしれた。

 本人は緊張と集中で気づいていない。


(そうです姫様。あなたなら貴族を……いいえ、国中を凌駕(りょうが)できます)


 下手(しもて)でさくらこの演奏を聴きながら有理はそっと静かに目を閉じて徐に片手を挙げた。

 その手には呪符が握られている。


「ありがとうございます姫様。あなたが私に協力してくれたおかげで順調に事が進みました」


 有理の近くにいた女中が小さく呟く様子に首を傾げて近づいてきた。


「どうかいたしましたか?」

「いいえ。答える必要もありません。話したとしてもう無駄になりますから」

「え?」


 聞き返そうとした女中だったが急激な眠気に襲われてその場に倒れ込んだ。


(姫様。さくらこ様。ありがとうございます。私のものになってくれて)


 有理は口角を小さく上げて一般人にはわからない呪詛を唱え始めた。

 さくらこの琴にかき消されるくらいに小さな声だったがその威力は屋敷全体を覆うほどだった。

 陰陽師の力には誰も逆らえず、魅了されていた者は次々と力尽きたようにその場に倒れていく。

 それでもさくらこはその手を止めない。

 陰陽師の力によって屋敷にいた人間全員の息の根が止まった後、有理はさくらこを呼び止めた。


「姫様、もう皆充分だと申しておりますよ」

「え?」


 有理の声にさくらこは反応する。

 その顔は今までにない程やつれており、そこで倒れている貴族よりも死にそうな顔をしている。


「どうして? 私はまだ満足していないわ」

「後からでももっとたくさん弾けるでしょう? 新しい客人も到着なさったようですし」

「客人?」


 さくらこが有理の視線を追うと、そこには愛してやまない恋人の姿があった。

 さくらこの目には彼だけが映る。倒れている貴族は目に入っていない。


「みらい?」


 さくらこは急に帰ってきた恋人に驚きと喜びを称えたような声を出した。

 彼はさくらこの手を引いて何か叫んでいる。

 だがさくらこには何も聞こえない。ただ1つ聞こえた。


「逃げましょうさくらこ様。この屋敷はおかしくなってる」


 急に何を言い出すのかとさくらこは首を傾げる。


「逃げる? 何言っているの未来」

「あなたはこの惨状を見ても同じことが言えるのですか」

「こうなるよう望んだのは私よ」

「は?」


 驚く彼だが、さくらこは意外なことは何も言っていないと自分で思っている。

 自分を認めてもらいたいと願っているのだから。


「未来? どうしたの? なんで苦しそうなの?」


 彼は心臓辺りを押さえて苦しそうに息をしている。健康で強かった未来には見られなかった光景だ。


「ねえ、未来?」

「姫様」


 琴から目を離して未来に手を伸ばそうとするさくらこを遮る。

 さくらこは有理の微笑んだ顔をしばし見つめ続ける。


「まだ演奏は終わっておりませんよ。さあ、もっとお弾きになってください。琴姫様」

「琴……そう、弾かなくては。お父様達に認められるために」


 さくらこはその絹のような指で弦を弾く。その瞳にはもう愛する男は映っていなかった。

 そんな様子を見て有理は密かにほくそ笑んだ。


「本当にあなたには感謝しかありません。あなたが私を信用してくれなかったら貴族共を消すことができなかった。これからもその力を貸してください。ね? 琴姫様」


 有理は愛おしそうにこちらを向かないさくらこの頬を撫でた。




 さくらは説明を聞いて青白かった顔を更に悪くさせた。

 その時点で綺麗な顔に色が無くなったがまだ2人に話を促す。


「その後、間一髪逃げ切ったさくらこの姉が子孫を受け継ぎ、今のさくらにまで神海家は続いていったというわけよ」

「その陰陽師は? どうしてさくらこ様の琴が蔵に眠ってたの? そもそも私の体調が悪くなったのと琴となんの関係があるの?」

「ストップストップ。ちゃんとわかるところは全部説明してあげるから」


 未奈は忘れないようにメモしておいた自身のノートを広げてさくらに見せた。


「まず陰陽師の情報はこれ以上無かった。多分こういう事件がなかったら名前すら出なかったくらい陰を薄めてたらしいよ。さくらこ様は事件後数日も経たずに寿命が尽きてその場で力尽きてしまった。その時にでも琴から手を離さなかった所をお姉さんが不憫に思って琴は壊さずに、蔵の奥深くに眠らせた」

「さくらの体調と琴の関係はわからなかった。でも色々考えてみて全く関係ないなんて思わないでしょう? だから止めたのよ」


 友達2人に必死の形相で注意されたさくらは半ば呆けたように頷いた。

 自分の身に起こっていることが非現実的すぎて理解に追いつけなかった。

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