仲直りと・・・?
さくらは困惑した。この状況はどうしたものかと。
「あの、碧くん。とりあえず一回顔を上げてもらえる?」
さくらの目の前には頭を深く下げて謝罪する碧の姿があった。ここがまだ校舎の裏側でほとんど生徒がいないことが何よりも幸いだ。
「ごめん神海さん。騙しただけでなく傷つけるような真似をして」
「いや、えっと。うん、謝ってくれただけ嬉しいから。それに碧くんのこともお姉さま達から聞いたし。大変だったね」
さくらの気遣いに碧はゆっくりと頭を上げる。その後すぐに表情を曇らせる。
「でも俺は、人としてやってはいけないことをした。いくら妹のためだとはいえ、それが人を傷つけていい理由にはならない」
「それは確かにそうだけど。ちゃんと反省してるんだからいいじゃない。それに、当事者の私が許せば、それでこの話は終わりでしょ。私は碧くんを許すよ」
「神海さん……」
まだ申し訳なさそうな碧に対して、さくらは何か気が紛れることはないかと模索する。そして一つ辿り着いた。
「それにしても驚いたよ。弥生が碧くんと兄妹だったなんて」
「名字が違うから。俺も弥生と神海さんが知り合いだったのは知らなかった」
弥生の名前を出すと碧は顔の力を緩め、少し口の端を上げる。やはり妹のことが好きな気持ちは変わらない。
「ねえ、もう前のことは気にしないでいいから。その代わり、折角友達になったんだからもっと碧くんのことを教えて。弥生の小さい頃も気になるし」
「……神海さんがそれでいいなら、いくらでも話すよ。俺も弥生の学校生活を知りたいし」
「はい、じゃあ仲直りの握手」
さくらが差し出してきた両手に恐る恐るながら、碧は片手を伸ばす。そのまま手が触れ合うと二人は同時に握り合う。
「これからもよろしくね。碧くん」
「ああ。こちらこそ、神海さん」
この後、弥生の話に花を咲かせはじめ、当事者に怒られることになるとは二人は思いもしなかった。
大成は神海家の地下にある大きな書庫で書物を読み漁っていた。そこに隆二がやってくる。
「大成さん、何してるんすか。さくらが救出されてからずっとここにいる気がするんですけど」
「ああ隆二君。いやちょっとね、気になることがあって」
「気になる? 神海についてですか」
「うーんまあ、そうかな」
「?」
首を傾げる隆二に大成は困ったような笑みを向ける。
「さくらを連れ去った男達を尋問したら口を揃えて自分達は頼まれただけだって証言するんだ。じゃあ誰に何を頼まれたんだって聞いたらはぐらかされてね。仕方ないから撫子に吐かせてもらったんだが」
「だからあいつあんなに血色良かったのか」
碧を解放した後一度職場に戻った隆二だが、その後帰宅すると撫子がとても上機嫌で出迎えてきた。その真意を知った隆二は一人で顔を引きつらせる。
「それで?」
「依頼の内容は吐いてくれたよ。さくらが持っている力を解放させろ。そしたら自分の所に連れてこいと」
「力? さくらに特殊な力なんてないだろ」
「僕もそう思ってた。でもその後、更に聞いていくと、その力の正体がわかったんだ」
「正体?」
「ああ。どうやら男達が聞いたのは、さくらの力は天と地を両断できるほど強力なものらしい。そして、それはさくらこも持っていた力だと」
大成が途切れることなく話す内容に隆二は首を傾げる。理解できていないわけではない。隆二も神海家の歴史はわかっている。
「なんでそこでさくらこが出てくる? そりゃさくらの前世なら同じものを持っててもおかしくは」
「ここからが問題だ。男達に今度は依頼人のことを聞いた。するとどうだろう。顔や名前を思い出そうとした人間が次々と死んでいった」
「は?」
「もちろん撫子が殺したわけではないよ。誰も手にかけていないのに、男達は急にもがき苦しんで泡を吹いて死んでいったんだ。全員ね」
「いやいやそんなこと人間ができるわけ……」
隆二は反論しかけて自分の言葉にはっとする。大成もその言葉の意図を理解して頷く。
「そう、人間にはできない。これは、人間ではないものが行った所業だ」
そして、と大成は呆然とする隆二に畳み掛けるように説明する。
「人ならざるものが神海を脅かしたことはこれが初めてではない」
「それが、さくらこだって言うのか。でも、さくらこが死んだのは陰陽師の仕業じゃ」
「殺されたのは間違いない。だけどね、その後、さくらこの魂は見つけられなかったんだ。どの人間も必ず何百年かに一度、輪廻転生を繰り返すはずなのに、さくらこだけは誰が調べてもどこにも存在していなかった。言ってることがわかるかい?」
大成の問いに隆二は小さく首を横に振る。
「わかんねえよ。大体輪廻転生なんて、一般人がわかるわけが……」
「ないよ。でもね、さくらこが転生をしなかったことだけはよくわかるんだ。彼女はその力で一度神海家を潰そうとした人間だからね。その罪が今も回っているんだろう」
大成が表情から笑顔を消し、混乱している隆二の目を見る。
「千年間、さくらこはずっとどこにいたと思う? 天国にいたのかな、地獄にいたのかな。それとも、人ならざるものが千年の時を待ちながら封印していたのかな」
大成は説明しながら静かに目を閉じる。
「もちろん僕の心配が杞憂に終わるならそれでいい。でも、もし僕の言っていることが事実だとしたら」
大成は悲しそうな、苦しそうな顔を上げる。
「千年が経つまで、もう時間がない」
大成の言葉に、隆二は固唾を飲んだまま、その場から動けなかった。
高校一年生は終わりです。
次は箸休め程度の小話です。




