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私と彼女の物語  作者: 雪桃
高校一年生(全27話)
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成就

【注】前とは比べ物にならないくらい甘々です。

 さくらが病院から自宅へ帰ってきたのは拉致された日から二日が経った夕方である。

 梅雨時には珍しく晴れたため、運動も兼ねて病院から歩いたさくらは帰宅すると自室へと戻っていく。


「さくら、今日はもう安静にしていなさい。体調が良ければ明日から学校に行ってもいいですからね」


 詩織はいつもの状態に戻り、一言だけ残すとそのままさくらの部屋を出ていった。さくらも自分の部屋に帰ったことでようやく一息吐くことができた。


(なんかいつもより疲れたな。お姉さまからは碧くんは無事だって聞いたし、それならいいんだけど。後は有季くんも特に目立った外傷はなくて、相澤くんは……)


 昨夜の顔を思い出した途端、さくらは一気に顔を紅潮させた。

 あの時、男達に囚われた昨夜の言葉がさくらの脳裏に焼き付く。


『好きな女を守って何が悪い』


(好きな女って、そういうことだよね? そうじゃなかったらすごく恥ずかしいけど。で、でも友達に別に好きな女とは言わない……い、いやでも最近はもしかして言ったりするのかな。いやでもでも)


 さくらが一人で押し問答をしていると不意に部屋の扉がノックされた。


「は、はい!! お母さま? 何かあった、の?」


 さくらが慌てて扉を開けると、そこにいたのは詩織ではなく、金髪碧眼の少年──昨夜が立っていた。


「え、え!? あ、相澤くん? あ、お、おはよう。いや今夕方だからこんにちは? こんばんは?」

「落ち着けさくら。驚かせたのは悪かったから」


 今の今まで昨夜のことについて考えていたさくらは言葉を噛みながら昨夜に話しかける。そんな彼女の奇行に昨夜は首を傾げながら宥める。


「そ、そうだね。立ち話もなんだし入って入って。ちょっと散らかってるけど」


 昨夜が何かを言う前にさくらはその背中を押して部屋に招き入れる。


「ごめんね、私も今帰ってきたばかりだから。何か用意してくる」

「いや、いい。それより体調はどうだ?」


 立ち上がろうとするさくらを引き止めて昨夜は聞く。

 その目には殴られた頬と無理矢理切られた髪が映っている。病院からの帰り道で隆二に言われた通り髪を整えてもらったさくらだが、それでも腰まであったはずの綺麗な黒髪は男の子のような短い髪になってしまった。

 心配そうにさくらの顔を覗き込む昨夜に、さくらもようやく落ち着いたようで、その場に腰かけて優しく微笑む。


「うん、まだほっぺは痛いけど、お医者さんにも診てもらって、特に後遺症は残らないって言われたよ。髪は残念だけど、また伸びるしちょっとした気分転換にもなるかなって言い聞かせてたら気にならなくなったよ」


 さくらの言葉に昨夜は少し安堵の表情を見せた。その顔を見て、自分がどれだけ心配をかけていたかさくらは改めて認識することになった。


「ごめんね相澤くん。心配かけて。それに私のせいで傷も作らせたし」

「ああ。あれは俺の努力不足だし、ちゃんと傷の手当てもしてもらえたから。それに、拉致されたのはさくらのせいじゃないだろ。無事ならそれで良かった」


 昨夜が安心したようなので、さくらの緊張の糸も解けた。だがそれはすぐにまた張りつめてしまった。


「さくら、一つ言いたいことがある」


 昨夜が急に神妙な面持ちでさくらに向き直る。さくらは切り替えができずに体を緊張させながら何度も頷く。


「……」

「……」

「……」

「……あの、相澤くん?」


 話しかけてからずっと止まっている昨夜にさくらも首を傾げて相手の顔を見上げる。その顔を覗こうとしてさくらは顔を手で覆われた。


「見るなさくら」

「え?」

「頼むから見ないでくれ」

「いや、見えてるよ普通に」


 昨夜は焦っているのかしっかりさくらの目を隠さないまま話している。そのためさくらは昨夜の顔が見放題だ。

 その赤面している顔を見てさくらは頬を緩めてしまう。


「ふ、ふふ」

「笑うなさくら!」

「だ、だって、相澤くんのその顔、初めてだから」


 昨夜の珍しい表情を見たさくらはお腹を抱えて笑うしかない。


「……覚悟はしてたんだが、いざ目の前にすると何も話せなくなる」

「うんうん」

「ずっと片想いしたままだったから断られないかどうか不安だった」

「うんうん」

「……なんでさくら驚かないんだ」

「え? だって、あの時言ってくれたじゃない。好きな女を守って何が悪いって」


 相手の感情が昂っていると冷静になれるというのは本当のことかもしれない。現にさくらは昨夜の顔を見たことで緊張が緩み、余裕が出てきた。


「忘れてくれ」

「相澤くん、タコみたい」


 無意識に叫んでいたとすればそれだけ必死だったということだろう。さくらは昨夜を揶揄いながら嬉しさに顔を綻ばせる。

 そんな彼女の顔を見て、昨夜も意を決したように口を開いた。


「さくら、好きだ」

「うん」

「ずっと前から、好きだった」

「……うん」

「良かったら、俺と付き合ってください」

「……はい、私で良ければ」


 昨夜の告白に、さくらは涙を流しながら返事をする。その顔は幸せそうな笑顔に満ちている。

 昨夜も照れながらさくらに笑いかける。そのままさくらの頬に流れている涙を指で拭き取り、両手で頬を包む。さくらも意図を理解したように目を閉じる。

 二人の顔が重なる瞬間。


「さくら大丈夫!?」

「妖精ちゃん生きてる!?」


 さくらの部屋の扉が勢いよく開き、外から未奈や彩果が入ってくる。少し離れたところで有季と泉もその様子を見ている。


「「あ」」


 未奈と彩果が中の様子を見て声を上げる。それもそうだ。今のさくらは昨夜に頬を包まれ、顔を近づけた状態で固まっているのだから。それに加えて涙の跡があればそれはもう誰だって理解できる。


「ごめんさくら」

「すぐ出てくから。終わったら教えて」

「ままままま待って待って!! 閉じないでお願いだから!」


 扉を閉めようとする未奈達に慌ててさくらが止める。その後ろにいた有季が腹を抱えて笑っている姿を見つけて昨夜は青筋を立てる。


(お前か加治)

(いいじゃん。従兄妹を取られたささやかな腹いせだよ)

 

書いててニヤニヤがとまりませんでした。

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