演奏会
有理はさくらこの想像以上に父の信頼を得ていたらしい。
最初こそ渋られたものの膨大な仕事を上手くこなし、さくらこの良い理解者にもなっている有理の願いとあっては聞く他がなかったらしい。
「どうせだったら未来達にも聞いてほしいのだけれど」
「そうですね。ですが今戦況は不利になっていると聞きます。一応文は出しますが」
有理は1人稽古をしているさくらこの部屋に遊びに行って雑談をする。
さくらこも未来程ではないにせよいい話仲間ができたということで機嫌は上々になっている。
「でも有理がいてくれて良かったです。きっと私1人だったら演奏会はおろかずっと未来の背中に隠れてやさぐれた姫になっていたんですもの」
「いえいえ。私は姫様の才能を見て提案しただけであって後にも先にも姫様のお力があったからでございます」
琴に対して褒められることに慣れていないさくらこは更に気分を高揚させて何時間も練習に励んできた。
「?」
「どうされました」
調子に乗って練習していると不意に目の前がぐらついた。
一瞬のことだったがじわじわと頭痛は続いている。
不調に気づいた有理が近づいてくる。
「あ、ううんなんでもないの。最近よく眩暈が来るから」
「弾き疲れでしょうかね。元々お体もそれほど強いお方ではない」
「まあ。でもお父様達にいい音色を聴かせなければ」
意気込んでいるさくらこは少しの休憩の後、また練習に取り掛かった。
有理はその様子を見届けながら部屋を出た。
演奏会の日も1週間に迫ってきた。
既に当主は知り合いの貴族に招待状を出し、本格的に事が進んでいる。当の本人以外。
「さくらこ様……姫様!」
「えっ? 何?」
「何ではありません。顔色が一段と悪くなっております。いい加減お眠りになってください」
さくらこの世話係を務めている女中の1人が少し怒ったような、焦った声を出す。
だが当の本人はそんな女中に困ったような笑みを浮かべる。
「駄目よ。こんな演奏じゃお父様は認めてくださらないわ。もっとがんばらないと」
「励むのは構いません。ですがそんな今にも死んでしまいそうな様子で演奏ができますか。そもそもいつから寝ていないのです」
女中が言うように、まるで取り憑かれたような顔をしているさくらこは食事も睡眠もまともに摂らず、ただ狂ったように琴を弾いている。
「さくらこ様!」
それでもなお励もうとするさくらこに痺れを切らし女中が強硬手段に出ようとする。
それを1人の男が止めた。
「ゆ、有理様」
女中の戸惑った声を微笑みながら聞き流し、有理はさくらこの方を向く。
「後は私に任せて。あなたはお下がりください」
「で、でも……わかりました」
女中は引き留まろうとしたが、有理の視線に耐えられず、逃げるように部屋から出ていった。
「さて。姫様、もう少しで努力が報われますね」
「ええ。これでようやく思う存分琴が弾ける。未来もきっと喜んでくれる」
さくらこは隈の浮き出た目でまだ遠くに馳せ参じている未来を思って笑みを称える。
そんな様子を見て有理は冷たい視線を向けるがそれも一瞬のこと。
また穏やかそうな表情を浮かべてさくらこに近づく。
「姫様。おまじないをかけましょうか」
「おまじない?」
「はい。なんせ初めての大舞台なのです。緊張して失敗してしまうなんて嫌でしょう?」
気休め程度ですが、と有理は呟いて持ち前の札をさくらこの額につける。
札はさくらこの体内に入っていく。同時にさくらこもスッと心が落ち着いた。
「すごい……陰陽師って本当にすごいのね!」
「お役に立てて何よりです」
喜ぶさくらこに有理は笑顔を見せた。
いよいよ演奏会当日となった。
神海家は和楽の名門である。その血を引いた娘が人前に出るともなれば皆面白半分で来る。
「すごい人の入り用ですね」
「はい。それだけ楽しみにしておられるのですよ。肩の力を抜いてください」
御簾の間からでも名高い貴族が何人も行き来しているのがわかる。
緊張しているさくらこの肩に手を置き有理は微笑む。
「もし何かあっても私があなたをお守りします。だからあなたは存分に自分の好きなように演奏してください」
「……ありがとう。有理」
緊張していると本番までの時間が短く感じるらしい。
深呼吸を繰り返している間に女中が呼びに来た。
「がんばって。姫様」
有理は舞台袖で見ていてくれるらしい。
さくらこはゆっくりと、姫の名に恥じぬように舞台まで足を進める。
目の前で観客と化している貴族の目は好奇と揶揄に満ちている。
それでもさくらこは怯えず前を向く。
(大丈夫よ。有理はいる。それに未来もきっと嬉しいと言ってくれる。私は頑張れるわ)
さくらこは意気込んで礼をした。
感想・誤字報告お待ちしております。




