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私と彼女の物語  作者: 雪桃
高校一年生(全27話)
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ようやく会えた

 弥生はその日、何も知らずに日中を学校で過ごした。何も教えられていなかった弥生にとってはさくらが巻き込まれた事件も自分が人質に取られていたことも全く知らなかった。

 ただ一つ、気がかりなことと言えば。


(お兄ちゃん、いつになったら会いに来てくれるんだろう)


 両親が離婚した時、弥生はまだ小学校も低学年で、大好きだった父や兄と急に離れ離れになってしまった。時が経つにつれて母子での生活に慣れてきた弥生だが、それでも仲の良かった兄と会えなくなるのは寂しかった。

 だが、つい三か月前、母から衝撃的な言葉が弥生に降ってきた。兄がこの街に引っ越し、更に同じ学校に通うということだ。両親は接触が禁止されているが、兄妹であればと許可が出た。

 弥生は新学期を待ち遠しく思いながら兄に会える時を待っていた。兄の今の名字は母から教えてもらった。となれば、後はその名前があるクラスに行けばいいだけだ。

 弥生は新学期早々兄の元へ向かった。兄は顔立ちこそ昔と異なっていたが、面影は昔と同じだった。弥生が帰宅の準備をしている兄に声をかけようとすると、あちらもすぐに自分の存在に気づいた。


「お……」


 弥生が声を上げようとした瞬間、兄の顔が一気に強張り、弥生から逃げるように教室を出ていってしまった。呆然とする弥生が振り返った時には既に兄の姿がなかった。

 それから二か月、何とか兄と話したい弥生が接触を図っても、兄は全く干渉してくれない。

 もしかしたら自分のことを忘れてしまっているのか。でもそれなら何故逃げるのか。自分のことが嫌いなのか。顔を見るのも嫌なのか。

 弥生の頭の中では嫌な妄想だけが渦巻く。暗い気持ちで部活に向かっていた時、同じく部室にいたさくらに目が留まった。


「碧くんがね……」

(なんで、さくら先輩がお兄ちゃんのことを。そういえば、同じクラスになったって)


 彩果と話すさくらに意を決して弥生は兄のことを聞いてみた。返答は好ましいものだった。


(やっぱりお兄ちゃんは普通なんだ。私だけ避けられてるんだ)


 弥生はさくらに礼を言うと、そのまま自主練習に入った。そして決めた。これ以上、兄に付き纏うのはやめようと。兄が嫌ならば、自分が干渉してはいけないと。

 そう思う弥生だが、やはり会いたいと思う気持ちに嘘は吐けない。授業を受けていても兄は今どうしているのか、元気にやっているのかと、心配ばかりしている。


(せめて、一言だけでも話せたらいいのに)


 今日は部活のない日だ。授業が終わったらすぐに帰れる。

 弥生はいつもの帰路に着く。梅雨時ということもあり、空はいつもより暗雲が立ち込め、強い雨が降っている。

 弥生は持ってきておいた傘を開き、一人で学校を出る。雨が降っていても気温は上昇しており、シャツが汗で嫌に濡れる。


(お兄ちゃんも、今日は帰ってるのかな)


 弥生が傘を差しながら兄のことを思っていると不意に目の前から人影が現れた。その人影は高校の制服を着ているようだが荷物は何もなく、傘も差していないためびしょ濡れだ。


「……え?」


 その人影を見ていた弥生は小さく驚きの声を上げる。

 スポーツのしやすそうな短く切られた髪に、少し吊り目気味の弥生と似た瞳。ずっと見てきた顔。


「お、兄ちゃん?」


 弥生が呼んだと同時に、兄──碧は妹の体を強く抱きしめる。反動で弥生は差していた傘を地面に落としてしまう。


「ごめん、弥生。守ってやれなくてごめんな。俺のせいで、怖い思いをさせてごめんな」


 謝る碧だが、現状を知らない弥生にとっては何で謝罪されているのかわからない。

 ただ、今まで避けられていたことも、恐らくその謝罪の原因に含まれているのだろう。弥生は自分も雨で濡れながら、碧の背中に手を回し、シャツを強く掴む。


「……お兄ちゃん、私達びしょびしょだよ」


 弥生は謝る碧に軽口を叩く。その口は笑っているが、目には涙が溜まっている。


「お兄ちゃん、一緒だよ。私達、一緒だよ」

「……うん」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、碧お兄ちゃん。ずっと会いたかったよ」


 弥生が碧の胸に顔をうずめて泣きじゃくる。碧はそんな弥生を更に強く抱きしめる。


「ああ。ごめんな弥生。もう一人にさせないから」


 雨に濡れながら抱きしめ合う兄妹の姿を裏で見る人物がいた。


「撫子、帰らねえの?」

「言われなくても帰るわよ」


 傘を差しながら路地に隠れ二人の様子を見守る撫子についてきた隆二は仕方ないというように眉根を寄せながら笑う。


「ここまで典型的なツンデレも久しぶりに見るな」

「誰がツンデレだ。私は単にあの男がちゃんと約束を守るか見張ってるだけ……」

「さて、帰って仕事の続きしないと」

「最後まで聞け!」


 撫子の訴えを右から左に流し、隆二は神海家への道を歩いていった。


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