さくらの姉は
神海家に戻った面々だが、帰宅早々女は不機嫌を表したように頬を膨らませながら畳の上に胡坐をかく。
「膨れてる暇があるならさっさと彼の手当てをしてくれよ」
「折角私がさくらを連れてきたっていうのになんで母さんに取られなきゃならないわけ?」
「仕方ないだろ。貧血で病院へ連れて行けるのは親なんだから。ほい、これ消毒液な」
女は文句を言いながら昨夜の傷の手当てを行う。重傷な部分は特にないが、殴られて痣になっている所やナイフで切られた所が多い。女の消毒が雑なため、昨夜は声こそ出さないものの顔を顰める。
「すまん、交代。お前のがさつさを忘れていたよ」
「消毒するだけなんだから何でもいいでしょ」
「少年の顔を見ろお前は。そういうところも妹と正反対だな」
「お節介ジジイ」
「うるせえシスコンババア」
段々エスカレートしていく二人の口喧嘩に間に挟まれた昨夜は珍しく狼狽えている。もう少しその表情を見ていたかった有季だが、流石に刀を取ろうとしている二人を見て止めた。
「すみません、まだお名前を聞いていないんですが、よろしいですか?」
昨夜が明らかに安堵した表情を見せているのに笑いを堪えながら有季は二人の間に立って聞く。
我に返った青年は有季と昨夜の方を見て微笑む。
「ああ。そういえば自己紹介がまだだったよな。俺は神山隆二。さくらの従兄妹で、今は大成さんと同じ会社で働いてる。で、こっちが」
「神海撫子。さくらとは二つ違いの姉」
女──撫子の素性を改めて聞いた昨夜達は表情を変えずに心の中で思った。
「本当さくらに似てないよなこいつ」
心の中で言ったはずなのだが青年──隆二が言語化してしまう。撫子はその言葉に気分を悪くしたのか隆二をその切れ長な吊り目で睨む。
「容姿もそうだけどさ、まず性格が似てねえんだよな。さくらはひ弱で人前が苦手な女の子だけど撫子はそりゃあもう性格はがさつで売られた喧嘩は全部買って男の剣道大会に無理矢理出場して優勝勝ち取るような筋肉馬鹿で」
「さくらはひ弱じゃない。おしとやかで小動物みたいに可愛くて誰にでも丁寧に接する優しい子で」
「重度のシスコンを説明したかったらとりあえず撫子の名前を出しておけ」
指を折りながらさくらの長所を並べ立て始める撫子に虫を見るような視線を送りながら隆二は二人に説明する。
「それより君達ね。無理しすぎ。特にえっと相澤君? 君、撫子がもう少し来るのが遅かったら今生きてないよ。折角顔も良くて健康体なんだからもっと自分の体を大事にしないと。好きな人とかはいないの?」
隆二の言葉に昨夜が息詰まる中、撫子が口を出す。
「え? 相澤君ってまださくらに告白してないの?」
「撫子知ってるの?」
「いや、昨晩聞こえた。好きな女守って何が悪いって。まあかっこいいと思ってたけどまさか付き合ってるわけじゃないとは」
撫子の爆弾発言に昨夜は珍しく赤面して黙り込む。その様子を見ていた隆二は勢いよく立ち上がり、昨夜の肩に手を置いた。
「それならそうと言え。さっさとさくらに告白しに行くぞ」
「病院に? そんなところじゃなくてもっと人気の少ない所にしなさいよ。人がいたらさくらが恥ずかしがって気絶するでしょ」
「その間にさくらが他の男に取られたらどうする?」
「どこの馬の骨かもわからない奴にさくらを渡すか馬鹿が」
撫子と隆二が二人で盛り上がっている間、有季は声を出して笑いたいのを堪えながら昨夜に目配せした。
「可哀想に相澤。もう告白する以外選択肢がなくなったね」
「……」
有季が茶化す中、昨夜は赤面した顔を隠すように片手で覆った。
さくらは夢を見た。白く、何もない夢。それでも悲しくはなかった。ただ、不思議な気持ちがさくらの中を漂っていた。
(ここは?)
良かったね
さくらが白い世界を見渡していると、不意に少女のような声が聞こえてきた。
(あなたは誰?)
私はあなた。ずっと前からあなたのことだけを見てきた。
少女の声は姿を見せることはなく、さくらの頭の中にだけ響いた。
(ずっと前って、私が産まれる前から?)
産まれるずっとずっと前。あなたが──だった頃からずっと見てた。そしてもうじき、私はあなたの前に姿を現わせる。
(私の前?)
もう少し。もう少しだから。そしたらあなたは自由よ。さくら。
さくらが声を出そうとした瞬間、白い世界が光だし、目の前に白装束の女が立っていた。その女はのっぺらぼうのような面を被っているが、下半分は欠け、口が見えている。
そして何もなかった白い面が二つにひび割れだし、さくらがその顔の正体を見る前に、世界は消えていった。
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