反撃
昨夜の傷ついた体を見て、さくらは小さく悲鳴を上げる。自分が碧と話している間、昨夜は一人で戦い、傷ついていた。
「相澤くん! もうやめて!」
「ダメだよ神海さくらちゃん。君はさっさと僕達の要求に応えてよ。でないと本当にこの男の子も死んじゃうよ」
昨夜の名を叫ぶさくらだが、その手は空を切り、身動きが取れない。力を出せるのであれば今昨夜を助けることができる。だが願えども願えどもさくらは何もできない。
「どうする? 君が弱いからあの子苦しんでるよ。放っておけばこんなことにもならなかったのに」
男の言葉に首を掴まれた昨夜は怒りと憎しみを込めて睨みつける。だがその視線も男にとってはどこ吹く風のようで、呑気に鼻歌を歌っている。
「さてと、どうしようかな。どうしても応えてくれないならいっそのことこの子は殺しちゃおうか」
男の物騒な言葉と昨夜の首に当てられたナイフを見てさくらは息を呑む。
「やめて!!」
さくらの悲痛な叫びに男はそちらへ顔を向けた後、昨夜の顔を覗き込んだ。
「あんなに苦しそうな顔して。自分が死ぬかもしれない所に来てまであの子を助けたかったの?」
「……い」
「え?」
「好きな女を守って何が悪い!」
やけになって叫ぶ昨夜にさくらはポカンと口を開けたまま絶句する。
男は驚いたように目を見開いた後、堪えきれなくなったように声を上げて笑い出した。
「健気だね。でも彼女の様子からしてまだ成就してはないんだ。可哀想に。好きな子の目の前で無様に殺されちゃうなんて。まあ自業自得として受け入れなよ」
男は昨夜の前髪を掴み、顔を上げさせると剥き出しになった首にナイフを押し当てる。鋭利な刃物に皮膚が小さく切れて血が滲みだす。
その光景を見てさくらは碧の制止を振り切り昨夜の元へ駆け寄る。だが距離が離れすぎてさくらでは追いつかない。
(いやだ、いやだ、相澤くんが死んじゃう。それだけは嫌。相澤くん、相澤くん……)
「昨夜くん!!」
昨夜の首が勢いよくナイフで切られる瞬間、ナイフを持った男が壁で思いきり吹き飛ばされる。
「え?」
さくらと昨夜の声が重なる中、突然現れた人影はそのまま昨夜を囲んでいた男四人を手に持っていた刀で打ちのめしていく。目を凝らしてよく見ると、人影の正体はさくら達とは異なる高校の制服を身に着けた女だった。女は四人目の男を倒すと呆れたような溜息を吐く。
「弱すぎ。これでよく人身売買なんて大それたことができたわね」
「あっ」
女の姿と声を聞いたさくらは何かを思いついたような声を上げる。だが次の言葉が出る前に男がナイフを片手に女に怒鳴り込む。
「突然入ってきて何の真似だこのアマ! 俺達に喧嘩売ってただで済むと思ってんのか」
男は所持しているナイフで女に切りかかろうとする。しかし女は余裕で攻撃を避け、ついでとばかりに男の腹に膝蹴りを喰らわせる。
「俺達に喧嘩売った? 何を勘違いしてんだお前」
女はそのまま倒れ込んでいる男の耳元に刀を突きさし、胸倉を掴んで顔を近づける。
「喧嘩売ったのはそっちだろうが。私の妹に手出したこと、後悔させてやらないと気が済まないのかしら。もちろん病院送りにされることは覚悟の上でしょうね」
「え? 妹って……」
男が口を開く前に、女は片手で顔を鷲掴み、男をコンクリートの壁に叩きつける。そのまま動かなくなった男の顔に数発拳を入れたところでさくらが駆け寄り、女の手を止める。
「や、やめて! それ以上やったらその人死んじゃうよ?」
「さくらを傷つけておいて生きている方がおかしいと思わない?」
「だって、この人が死んだら、お姉さまが人殺しになっちゃうでしょ! 私、お姉さまが犯罪者になるくらいなら傷ついた方が何倍もマシだよ」
「……お姉さま?」
さくらの言葉を反芻する昨夜を尻目に『お姉さま』と呼ばれた女は驚きに目を見開いた後、満面の笑みを浮かべながらさくらを抱きしめる。
「ああそう。そうねさくら。私が犯罪者になったらあなたはその妹になっちゃうものね。わかった。我慢するわ。腕と足一本ずつで許してあげましょうね」
「それだけでも十分正当防衛超えてんだろ」
女の言葉に扉の前にいた青年は引き攣った顔でツッコむ。隣には昨夜ほどではないにせよかすり傷を受けている有季がいる。
「加治」
「有季君!」
さくらと昨夜の両方から呼ばれた有季は申し訳ないような決まり悪そうな笑みを浮かべながら手を振る。そのまま座り込んでいる昨夜の元に寄り、肩を貸して立ち上がらせる。
女は青年の登場に不機嫌な顔を作る。
「だって私のさくらをこんなにしたのよ。本当は一人ずつ睾丸を取り出して再起不能にさせなきゃ気が済まないわ」
「さくらの前でそういうこと言わない。あらら、さくらってばこんなに髪切られて。後で美容院行こうな」
女に抱きしめられ、青年にはボサボサになった髪を更にこねくり回されたさくらはやられたい放題だ。そんな三人の元に昨夜と有季は歩み寄る。
「助けてくださってありがとうございます。えっと、お二人は……」
「はいはいどういたしまして。自己紹介は帰ってからにして、とりあえず今はここを出ようか。さくらも君達も怪我してるし」
「そうね。さくら、お姫様抱っこしてあげましょうか」
「ううん、おんぶがいい。絶対」
「さくらをいくつだと思ってるんだお前」
さくらと青年から拒否された女は渋々さくらを背中に担いで廃墟を出る。昨夜達もそれに続く。
青年は四人が出た後、徐に後ろを向く。
「で? 君はどうするの?」
青年に声をかけられ、それまで呆然と固まっていた碧が体を強張らせる。
「もちろん君も連れて帰るけど、洗いざらい吐いてもらうからな。さくらを傷つけた罰はそれなりに大きいぞ」
碧の返事を待たずして、青年はその腕を引っ張り、廃墟を出た。
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