たとえ危険であろうとも
昨夜と有季は街灯で照らされている夜道を無言で歩く。人通りはほとんどなく、二人の足音だけが住宅街に響き渡る。
「ねえ、相澤」
「なんだよ」
「もう一回学校に行ってみない?」
有季の突然の申し出に昨夜は歩を止めてその碧眼を相手に向ける。しかし有季の表情から冗談という感情は浮かんでこない。
「恐らくさくらちゃんが拉致されたのは学校内だ。委員会の仕事で裏の倉庫に行くって言ってたし」
「だが仮にそこに行ったとして何がわかる?」
「忘れたの? 僕は元呪術師だよ。簡単なものしかできないけど、相手がどこへ行ったかまでは調べられる」
そうと決まれば話は早い。二人は見回りをしている警備員の目をかいくぐり、裏の倉庫まで辿り着く。
光が一切差し込まないため、スマホで辺りを照らして探してみるが、特に争ったような痕跡はどこにも見当たらない。周りを歩いていると、不意に昨夜の足に何かがあたる。そちらに目を移してみると、そこにあったのは可愛らしい桜のケースに入れられたスマホが落ちていた。紛れもなくそれはさくらの所持しているものだ。
「加治」
「ああ、多分これがあれば僕の術でも上手くいきそうだ。離れてて」
有季に言われた通り、さくらのスマホを渡して昨夜はその場を三歩下がる。その間に有季はポケットから人型に模した札を取り出して、自身の指を噛み、血を付ける。
「御霊の力を持って、探し人を見つけんことを欲す」
有季の血が付着した札をさくらのスマホに置いてしばらく待つ。すると、札が独りでに宙に浮き始め、そのまま学校の裏門へと向かう。
「加治。あれは?」
「さくらちゃんのスマホについている指紋とかを読み取って今いる場所まで案内してくれるんだ。行こう」
札の案内通りに二人は三十分ほど住宅街を歩く。そうして辿り着いたのは街の外れにある取り壊し寸前のような廃墟だった。
「いかにも拉致するのに打ってつけの場所だね。しかも入口には見張りが二人いるし間違いないだろう」
有季は力を失った札を回収しながら一人呟く。見張りの死角になるところに二人は隠れているが、入口はあの部分しかない。
「どうする相澤。この建物の大きさだとそこまで迷うことはないと思うけど、確実に敵は多そうだよ」
「乗り込む以外選択肢はない」
「そう言うと思った。僕が足止めするから隙を見て中に入るんだよ」
そう言うと、有季は単身で見張りの目の前に姿を見せる。見張りの男二人は突然現れた少年を訝し気に睨む。
「なんだ坊主。ここは遊び場所じゃねえ。帰れ」
「遊ぼうなんて思っていませんし立ち話をしたいわけでもありません。さくらちゃんを取り返しに来ただけです。なので、さっさとくたばってください」
有季は先程と同じようにポケットの中から長方形の呪符を取り出すと、そのまま地面にそれらを叩きつける。すると辺りは一瞬にして霧に覆われる。
「なんだこのガキ!?」
「くそっ、ただの人間じゃねえ! あの女の手下かなんかか」
視界を制御された見張りの二人を尻目に有季は昨夜に目配せをする。
(ここは足止めしておくから、早く行け)
昨夜は有季の目配せと同時に竹刀を持ちながら廃墟の中に入っていった。それと同時に霧も晴れる。
「やってくれたなガキ。覚悟しろよ」
男は指を鳴らしながら有季に薄く悪い笑みを向ける。有季は眉間に皺を寄せながら身構える。
(さて、相澤が終わるまでに僕の力が耐えられるといいけど)
遡ること三十分前、さくらは屈強な男に腹を殴られ、訳もわからぬまま声を上げた。
「げほっ!」
さくらが両腕で腹を抱えながら痛みに咳き込むが、男は容赦なくさくらの前髪を掴み上げ、今度は拳で頬を殴る。コンクリートに倒れ込むさくらの口は血の味で覆われる。
(痛い! 痛い! 誰か助けて!)
今まで暴力をふるわれたこともないさくらにとって男からの打撃は拷問に近いものだった。恐怖で涙を浮かべるさくらの顔を見て、優しそうだった男は歪んだ笑顔を見せる。
「あーあ可哀想に。抵抗するからこうなるんだよ」
男はふと思いついたように声を出し、所持していた小型ナイフをさくらに向けた。
「それ、綺麗な黒髪だね。女の子の髪が大好きって人も中にはいるみたいだし、切っちゃおうか」
「ひっ!」
さくらの長い黒髪を乱暴に掴んだ男はそのまま躊躇なくナイフを通した。乱暴に振り下ろされたナイフが抵抗するさくらの手の甲に当たり、切り傷ができる。
そうして切られたさくらの髪は肩に届かないくらい短くなり、男が切り離した髪は床に無造作に散らばっている。
「も、もうやめてください」
「それなら早く力を解放して。ずっと同じことの繰り返しだよ」
男は髪を切ったナイフを今度はさくらの首元にやる。さくらは顎を上げて恐怖の表情を見せる。
その視線はふと男の後ろにいた碧に向けられた。
(碧くん、どうして? どうしてこんなことするの?)
さくらの視線に気づいた碧は身を震わせ、気まずそうにさくらから視線を逸らす。だが、その一連の動作を男も見ていたらしく、さくらから目を離す。
「そういえば碧君。君、この子と友達だったよね。どう? この子が痛めつけられている姿を見るのは」
男から問われた碧は何も言わず唇を噛みしめる。男は碧に近づいて肩に手を回す。
「なんか言ってあげなよ。ずっと怖がってて可哀想でしょ。慰めてあげれば?」
碧は男を憎しげに睨む。さくらは痛みと恐怖の中、その光景を疑問に思う。
(碧くん?)
碧の表情からは男への仲間意識は感じられない。むしろ敵を見ているような、悔恨を抱えているような、そんな表情だ。
そして碧が沈黙を貫いていると、不意に男が「あ」と声を上げる。
「じゃあさ、碧君。これ貸してあげるからあの子に言ってきてよ。早く力を見せてって」
男は驚いている碧の手に無理矢理ナイフを押しつけ、さくらの元へと歩かせる。碧はどうしていいかわからないようにさくらを見下ろす。さくらもそれは同様で、碧を見上げるだけだ。
「ほら、早くやりなよ。でないと、君の妹さんが傷つくだけだよ」
「っ!」
(妹?)
さくらが男の言葉を聞いている間に、碧はその震える手を高く上げる。そしてさくらの足にナイフを向ける。
「神海さん、ごめん。ごめん!」
さくらの足にナイフが振り下ろされた。
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