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私と彼女の物語  作者: 雪桃
高校一年生(全27話)
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逆鱗に触れたのか

「碧くん?」


 さくらは突然背後から手を伸ばしてきた碧に素っ頓狂な声を出す。それは前の男子もそうだったようで、口を開けたまま固まっている。


「えっと、君は誰?」

「はじめまして。神海さんのクラスメイトの柴崎碧です」


 悠長に自己紹介をする碧だが、それだけでは男子も納得しない。


「それで、この手は何?」

「特に意図はありません。ただ神海さんに少し用があったので譲っていただければと」


 そう言いながら碧はさくらの手を引いて男子から距離を取る。まだ何か言おうとした男子だったが、有無を言わせない碧の態度に気まずそうに離れていった。


「あ、あの碧くん?」

「何?」

「あの、今の先輩は」


 さくらの呑気な質問に碧は顔を顰める。さくらはよくわからないままその顰め面に体を震わせる。


「神海さん、先輩でも迷わず断らないと駄目だよ」

「断るって何を?」

「……さっきの人、完全神海さんのこと狙って話しかけてきたよ。ていうか下心出し過ぎ」

「あ、あの人そういうことだったんだ」


 さくらの無自覚な発言に碧はもう何を言う気も起きず、そのまま無言で作業に移った。




 授業や部活の合間に少しずつ本番に向けて制作活動を行うさくらだが、今日は珍しく終礼後、会議室へ向かうことはなかった。


「学校にこんな倉庫あったんだ」

「三年間いるのに気づかなかったの?」

「委員会に入ったことがほとんどなかったので」


 さくらと碧は備品チェックのために校舎の裏側にある倉庫へとやってきた。倉庫と言っても神海家にあるような大々的なものではなく、しまう場所がないものが保管されているだけの場所なので、二人以外生徒は誰一人いない。

 チェックリストはさくらが持っているので、碧が一つ一つ取り出して確認していく。とは言え、人が近寄らないこともあり、不足している備品も見当たらなかった。


「あ、そういえば碧くん、一つ聞きたかったんだけど」

「何?」


 備品も数え終わり、後はもとあった場所に物を戻すだけの作業をしている間、さくらは気になっていることを口に出した。


「碧くんって昔ここの近くに住んでたんだよね。未奈から聞いたけど」

「ああ」

「小学校の頃まではいたの?」

「……いや、高学年に上がる時に引っ越した」

「あ、じゃああまり覚えてないのかな」


 碧の返答にさくらは顎に手を乗せたまま首を傾げる。


「伊部弥生って女の子のことも……」


 さくらが弥生の名を出した瞬間、碧が間髪入れずに振り返り、さくらの腕を掴んで壁に強く押しつけた。


「い……っ!」

「どこで」

「え?」

「どこで弥生のことを知った」


 さくらは答えようとして恐怖に言葉を詰まらせた。碧の表情からは先程までの親しみやすさが一切消え去り、さくらに対する怒りと憎悪で満ちている。


「あいつらか? あいつらが弥生の情報を流したのか?」

「な、に……? 違う。弥生は」

「あいつの名を口にするな!」


 碧の聞いたこともない怒声にさくらは堪らず言葉を失ってしまう。その大きな瞳には段々恐怖だけが映し出されていく。


「計画は変更だ。もう少し泳がせてから連れて行こうと思ったが、あいつが関わっているならやむを得ない」

「なに……んぐっ!?」


 碧の手にあった布を鼻と口に当てられ、それを吸ってしまったさくらは一気に眠気に襲われ、そのまま倒れてしまう。その際にポケットにしまっておいたスマホを落としてしまう。

 意識を失う直前、さくらは重い瞼で碧の顔を見る。その表情には怒りの他に、何かを堪えるようなものが見られた。


「ごめん、神海さん」


 薄れゆく意識の中、碧はさくらに向かって謝罪をする。


「弥生は……俺の───だけは、無事に帰してくれ」


 さくらの意識は完全に切れた。




 昨夜は楽器から目を離し、宙を見上げる。隣にいた有季はそんな彼の様子に首を傾げた。


「どうしたの相澤。虫でも飛んでた?」

「今、さくらの声がしたような」


 昨夜の言葉に有季は呆れたような視線を送りながら軽い溜息を吐く。


「あのね、さくらちゃんは今委員会の仕事をしてるんだよ。どう考えてもここまで来てるわけがないでしょ」

「だが」

「そんなに気になるなら電話でもすれば? まあさくらちゃんのことだから出ないとは思うけど。君こそ少し自制しなよ」


 有季に呆れられながら説教をされる昨夜は複雑な気分になりながらも楽器の練習に戻る。しかし、その脳内ではさくらのことを考えていた。


(何か、嫌な予感がする)


 昨夜は気持ちの悪い違和感を覚えながら時が過ぎるのを待っていた。




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