白装束の男
未来が出立してから早1ヵ月。さくらこは見るからに気分を落としていった。
「姫様、どんどん元気がなくなってしまわれているわ」
「未来殿がいらっしゃらなくて気分が沈んでおられるのよ。まるで大好きな兄君がいなくて落ち込んでいる妹のようね」
屋敷の噂好きな女中は口々にさくらこを揶揄するような言葉を投げかける。
声は小さいため窘められることはない。
「でもこんな落ち込んでいては婿など取れないわよね。未来殿は姫が結婚したら武士として本業に戻るわけだし」
「だから当主様はわざと未来殿を遠征に向かわせたのでしょう。姫様も早く大人になってもらいたいものね」
女中2人は小さく笑いながら廊下を歩いていく。その際にさくらこの部屋も通ったが、中からは何も音がしない。
さくらこは早々に琴を弾かなくなった。
今まで楽しいと思えたのは未来という理解者であり、素晴らしい聞き手がいてくれたからだ。独りの演奏など余計虚しさが募るだけ。
(未来……まだ帰ってきてくれないの?)
目の前にある琴の糸を撫でながらさくらこは沈んだ気持ちになる。
最近では噂も広がっているためか見合い話もあまり出てこない。それもまたさくらこの寂しさに拍車をかけているのだ。
「誰でもいい。誰でもいいから私の寂しさを消して」
「誰でも良いのでしたら私が相手を致しましょう」
驚いたさくらこが声のした方を見ると白装束を羽織った若い男がいた。
慌てて扇で顔を隠す。
「おや? 噂とはまた違ってしっかり姫の体裁を守っているようですね」
「し、失礼ですよ。あなたは誰なのですか。見たところ陰陽師のようだけれど」
揶揄うようにさくらこの今の様子を語る男にあまり気のいい思いはしない。
それでも話しかけられたのならこちらも応えなければならない。
「これは失礼しました。私は新しくここの専属陰陽師として雇われました。有理と申します。以後お見知りおきを」
「そ、そうなの。それで? どうしてここに来たのかしら」
「どうしてとはまた頓珍漢なことを仰る。あなたが言ったのでしょう。誰でもいいからと」
まさか独り言を聞かれていたとは思わなかったさくらこは扇の中で赤面した。
「もしよろしかったら私にも琴を聞かせていただけませんでしょうか」
「……楽器は男のものでしょう」
不貞腐れるさくらこに有理は小さく首を振る。
「それは一般論でございましょう? 白拍子や踊り子があるように女子が楽器を扱うことになんの咎めがございましょうか」
優しい声音に純粋なさくらこは少し心を開く。
扇の側面から少し覗くと有理が優しそうに微笑む。
「どうでしょう姫様。私にもその琴の音色をお聞かせ願いませんか」
さくらこは満更でもなさそうに頷いた。
初対面ではあるが、整った顔立ちを持った美青年に解された。
さくらこがあまりにも寂しかったということもある。
「わ、わかったわ。でもちょっとだけね」
さくらこが琴をこちらに持ってこようとして有理はあることを思いついた。
「姫様。その琴を私にもじっくり見させてくださいませんか」
「え?」
「聞いたことがあります。姫様の琴の音色は極上だと。どんな琴で弾いているのか興味があるのです」
「そ、それなら」
さくらこは琴を有理の前に置く。
「私が準備している間だけ見てていいですから」
「ありがとうございます」
さくらこは琴と有理から目を離して弾く準備をする。
そう、だからわからなかった。有理がさくらこを睨みながら琴に札を貼りつけていたことを。
久しぶりにさくらこは琴で演奏し、ただ1人の観客に向かって小さくお辞儀をする。
それを見届けた有理は拍手を返した。
「やはり噂されるだけある」
「ありがとう。そんなこと言ってくれるのは未来とあなただけよ」
もちろん女中や父も聴いていることがあるがそれでもいつも決まって説教が入る。
こうやって手放しに褒めてくれるのは数少ない方だ。
「父君も女中も皆昔の慣習に囚われてしまっているのでしょう。あなたが間違っていることはないですよ」
また落ち込み始めていったさくらこを励ますように有理は明るい言葉をかけた。
そしてあることを思いつく。
「そうだ。いっそのこと演奏会を開いてはみませんか」
「演奏会?」
さくらこも演奏会くらい知っている。
貴族が集まって楽団を呼んで白拍子が舞うものである。
「……それくらいいくらでも見たことはあるわ。でも貴族は聞く側じゃない」
「ええ。ですが私が頼んでみます。姫様の実力がわかればきっと革命できると思われます」
まだ不安がるさくらこに有理は後押しする。
「もし姫様が皆に認められればきっと未来様も喜ばれますよ。自慢の姫様が褒められてるのですから」
「未来も……」
さくらこは未来の喜ぶ姿を想像する。自然と頬が緩んでいく。
「……やりましょう有理」
「はい」
純粋に楽しんでいるさくらこを見て、有理は1人ほくそ笑んだ。
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