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私と彼女の物語  作者: 雪桃
中学一年生(全17話)
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跡取り娘

毎週水曜日に更新していきます。よろしくお願いします。

 厳かな屋敷の一室で幼い少女は眉を寄せながら小さくため息を吐いた。


「もう退屈。疲れたわ」

「弱音を吐いている暇があるのなら早く終わらせられるように集中なさい。お稽古が終わらないのはあなたができないからよ」


 目の前にいる着物をきちんと着ている少々年の行った女が少女を睨みつける。

 少女はむっとする。


「早くって。私がいくら完璧に弾いても時間になるまで終えたためしがないじゃない」

「当たり前です。決められた時間ですから」

「さっきと言ってることが全く違うじゃない」


 少女は頬を膨らませる。

 女は持っていた扇で少女の細い腿を叩く。


「いたっ」

「だらしない恰好をしないの。それでも由緒正しい神海家の次女ですか」

「由緒正しくても反抗したいことくらいあるんですお母さま」


 『お母さま』と呼ばれた女は重くため息を吐く。

 それはだらしなくないのかと少女は問い詰めたいが口に出せばきっとまた言いくるめられると思って口をつぐむ。


「どうしてこんな生意気に育ってしまったのかしら。甘やかしすぎたのがいけないのかしら」

すぎる(・・・)程甘やかされた記憶がないんだけど)


 少女が1人心の中で愚痴る。慣れているため長時間の正座は苦ではないが、退屈になってくるのには対処法がない。


「はあ。愚痴はこのくらいにしておきましょう。後10分しかないのだから。さあさくら。もう一度5小節目から1人で弾いてみなさい」

「……はい」


 少女──改めさくらは持っていた三味線を構え直して譜面を見る。

 早く覚えろと言われているが15分の曲を30分で覚えろとはよほど要領がいい人にしかできない。さくらは要領が悪い部類だ。

 細かいミスもあったがなんとか1人で弾ききれた。


「……まあいいでしょう。もう時間ですからね」

「やっと終わったー」


 母の目の前ではあるが、稽古が終わったため正座を崩して三味線も畳の上に置く。

 ずっと同じ姿勢だったせいで体がバキバキだ。


「私まだ中1なのに」

「たとえこんなことをしなくても滅多に外に出ないあなたのことです。同じことでしょう」

「お母さまがそれ言う?」


 さくらは肩を揉みたい欲求をなんとか抑える。

 着物を着ているのだから肩を揉もうとすると崩れてしまうのだ。

 早く洋服になりたいと切に願う。


「ていうかなんで最近私ばっかりこんなに厳しいの? お弟子さんには優しいしお姉さまにもこんな怒らないじゃない」

「身内と他所で区別しない。あなたは血筋を引いているのだから厳しいのは当たり前です。虐待ではないでしょう」

「そりゃ違うけど。じゃあお姉さまは?」

「あの子は今それどころではないんです。高校受験という人生にかかわる1年なのですよ。あなただって中学受験をしたからわかるでしょう」


 諭されるようにわざとらしく優しい声音にむしろ年頃のさくらは理解するより先にもやもやした感情を抱く。


「わかりましたかさくら」

「……はい。お母さま」


 さくらは頷く。

 たとえ聞いていなくても「わかりましたか」と言われれば頷いてしまうそれは一種の癖なのかもしれない。


「ああそうだ。蔵の中に稽古道具が入っていましたね。さくら、取ってきてください」

「なんで私が……使用人に任せれば」

「さくら? いいですね?」

「……はい」


 有無を言わさぬ母の強い瞳にたじろぎながら離れにある蔵の方へ向かう。


(お母さまってば。これが更年期? 頑固すぎる)


 神海家。そこは日本で最古とも言われる和楽の名門家。

 和楽器だけに留まらず、舞踊、唄、様々な稽古を行える。弟子は後を絶たない。

 そんな名門の次女として産まれた神海さくら。今年中学1年生にあがった彼女だが。


「学校から帰ればすぐにお稽古。休みの日は朝から晩までお稽古。寄り道なんてさせてくれない。もううんざり」


 箱入り娘で世間知らずなところもあれど、彼女も年頃の娘。友達と買い食いをしたり休日に遊んだりしたいのだ。

 それを全て跡取りのための稽古に費やされてしまうと不満も溜まるのだろう。

 文句を言いながらも蔵の方へ向かう。

 電気も点いていない昼間でも薄暗い蔵は不気味な雰囲気を漂わせている。


「何年経ってもここは慣れないな。いい加減電気くらい点けないのかな」


 名門家なだけあって、神海家は一軒家をいくつも並べたくらいに大きい。

 使用人もいるくらいだが、掃除はいつも最低1時間はかかる。そんな家なのだから今更豆電球1つ付けることくらい造作もないだろう。


「夜なんて何も見えなくなるじゃない。頼まれる身にもなってくれないかな」


 愚痴は止まらないが探す手も止めない。

 遅くなればなるほどまた母からぶつくさ言われるのだ。

 口頭で言われたものを探してはバッグの中へ入れていく。


(……重い。やっぱ誰か呼んでこようかしら)


 普通の女子が持ったならば弱音も一切吐くことのない量である。

 つまりさくらがひ弱すぎるのだ。


「辛いわ。ちょっと休憩し、よっ!?」


 さくらは荷物を置いてボロボロの壁に寄りかかる。

 それがいけなかったのか、壁が嫌な音を立てて崩れ始めた。

 さくらは一瞬にして血の気を引かせる。


(壊しちゃったぁぁぁ!?)

「ど、どうしよう。怒られる。いや怒られるどころの騒ぎじゃない。下手したら破門……」


 最悪な未来を想像しているさくらだったが途中で異変に気づいた。崩れた先に何やら不思議な空間があった。


「え、だって今崩れたのは壁だから。普通外に出るはず……」


 独り言を繰り返しても目の前には真っ暗な一室。

 怖がりながら、しかし見たい欲求には勝てずにそちらへ向かう。


「何かおっきいものがある?」


 懐中電灯も何もないまま手探りで物体に触れる。

 木材のような滑り。プラスチックのような細長い糸が何本か。

 目が慣れてきてさくらにもその物体が何かわかった。

 それは琴だった。

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