先週の振りかえり(文藝賞の最終選考に残ったが自意識が強くて受賞できない純文学風)
新しい業務は1週間経っても慣れなかった。
精神的にグラグラした部分をやんわりと指摘されるたびに焦りだけが重なる。テトリスの操作に失敗して、画面ギリギリまで積み上がったブロックのようにタスクが積み上がっては心のスペースを埋めていく。もう少しで消せるはずなのに、都合の良いピースが落ちてこない。ここに綺麗にはまるものなんてあるのだろうか。
余裕の無さが溢れた結果、編集長をはじめ、部長にまで注意されてしまった。いくら新フローになったからといえ、掲載直前の最終フローであるCMS入稿は気を遣う。頭で分かっていても焦燥が降り積もる。
終電近くまで仕事をして頭が冴えたまま、家に帰ってもゆっくり休めるはずがない。その反動で休日は、抜け殻のように気の抜けた生活が続く。他の人は、どうやってお休みモードに切り替えるのだろう。気になる。いや、深夜4時までNetflixばかり観てないで寝ろよ。
週の前半までは落ち着いて働けていたはずだったのに。オーバーフローしてしまった気持ちは途切れることのない苛立ちを誘う。
インプットなきアウトプットは存在しない。インプットできていないのに、満足なアウトプットができるはずがない。映画や小説、音楽など、異分野に触れることで精神的な落ち着きを取り戻さないと死んでしまいそうだ。このままだと空っぽになってしまう。
「自分たちで取材した記事を書きたいよね。取材して、できれば撮影なんかも。」
タルタルソースがたっぷり掛かった『てけてけ』の竜田揚げを頬張りながら思い出したように彼女は呟いた。
自分たち主体となった記事制作をやりたい気持ちがありつつも、現状では目の前のタスクや目標をクリアしないことには分かっている。むしろ、それが分かっているからそこ独り言のようになったのだろう。
焦りは感じていないわけがない。しかし、長期的な視点だと、いま焦るのもダメだと思っている。もどかしい。
文章を書くのはそれほど好きではないが、書かなくなるとやっぱり書きたくなる。そのフラストレーションをどこにぶつけるべきなのだろう。ぶつけるべきではないのだろうか。
「このまま定年まで同じ作業だったら、やっぱり嫌になるかもしれない。」
ずっと黙っている私に放たれた言葉は、私が生まれる前に流行った懐メロのBGMに吸い込まる。
「もし、うちの会社とか抜きにして、なんでも好きな仕事をしていいよと言われたらなにがしたい?」
メインディッシュに添えられた不自然なほどの山盛りキャベツは、箸でつつくと簡単に崩れた。
溜まったフラストレーションは、昇華できる来たるべき時に備えておけばよいのだろうか。でも、記事を書けと言われたらきっと嫌になるだろう。スラスラ文章が書けるタイプではないことは自覚している。抑制されていることによる贅沢な欲求不満。
とりあえず、「桜の咲く頃にはラクになっているから、それまでの辛抱だよ。」と言われて異動してきたのだから、今週は頑張るよ。桜が咲いたらまた考える。会話は引退したばかりの野球選手に移った。
やはり、あの子の不安定さが気に掛かってしかたない。(彼はは意外と大丈夫だと思う。恐らく、外的要因によらずにダメなときはダメだろうから)彼女がこの事業部にいたいのなら、組織に対して不信感を持ったまま仕事をするのは、彼女のメンタル面に非常に良くないだろう。ふっと「私とちょっと似ている部分があるのかもしれない」と思った。
そう感じているから、思い入れが強くなってしまうのだろうか。
気持ちの振り幅が少し大きすぎるところや、人に対して過剰に反応してしまうところとか。かつて自分が陥った感情に重なる。
ただそう思いたいだけなのかもしれない。あるいは、彼女を気に掛けることで私自身の居場所を作ろうとしているのかもしれない。
私は戦略的に私が有利になるような振る舞いをしているように見えるらしい。ガラスの破片を刺すように指摘された時に少しだけ困惑したのは、自分自身でもそう感じていたから。
間違いなく言えるのは、彼女のネガティブ面に引っ張られて私の方が先に死ぬだろう。
あなたのことは、上司というよりもメンターに近い感覚なのだと思う。なぜか、一瞬だけテニスの壁打ちを思い浮かべたが、ボールで顔面を強打した記憶が蘇って顔をしかめた。私の打った的外れな硬球は、私自身に跳ね返って強い痛みだけを残す。
――『ただ気を惹きたいだけなの? ジブンを持ちましょう』
小学校の壁に貼られた標語のような言葉に言い返す勇気などない。
冷凍庫にストックされている冷凍餃子を頬張りながら、治りかけのかさぶたが剥がれるような痛み、あるいは、やけどした舌先を忘れて、辛いものを食べてしまったヒリヒリ感とか、そういった類いの感情。
これを見たら笑ってくれるだろうか、それとも冷めてしまうのだろうか。ギリギリの境界線を探る作業に、一種の挑戦的な遊びを感じた。だって、私の"恨み辛み"をそのまま送ったって面白くない。
ここまで一気に書き上げたあと、ノートPCをパタンと閉じた。
いつの間にか冷たくなった手足を抱えながら、ベッドに身を投げた。ゆっくりと瞳を閉じると私の世界だけが藍色になった。