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頼み事

修正終了済み

ある日私は魔王様に頼み事をしてみた。

些細なことなのだが私にとっては大事なことだ。


「私、人間界に行ってみたい」


メラに睨みつけられながら業務にせっせと励んでいた魔王は私の頼みに驚いたのかピタリとペンの走りを止めた。


「何故だ?」


「人間界には美味しい食べ物があるって本に書いてあったから。あと冒険者になってみたい」


「別に魔界の食べ物でも良いだろ?」


「……ここのご飯は不味い」


この魔界で私が不満に思っていることはご飯の圧倒的な不味さだ。

周りの魔族達は旨旨と食べているけどどうも私は美味しいとは感じられなかった。

寧ろ激物と感じていた。

問題はまだ有り、それは匂いと見た目だ。

匂いは生臭いような腐ったような匂いがし、見た目はグロテスクだ。簡単に言ってしまえば変な芋虫の面影が残るスープであったり蛇のような瞳孔の割れたドロっとした目がそのまま入っているのだ。

異世界に馴染んできた私でも流石にこれは無いなと思った。

それに比べて人間界のご飯は見た目が綺麗で美味しいそうだ。


「絶品だと思うのだが? なぁメラ?」


「魔王様の言う通り絶品です。何せ魔界でトップクラスの料理の腕を持つ者をシェフとして雇っていますから」


「……それであの程度なの?」


「あの程度とはどういう事なのだ?」


「あの程度の料理だったら私の方が美味しく作れるってこと」


まさかあの料理を作った奴がこの魔界でトップクラスの料理人だったとは驚きだ。

私の舌がおかしいのか、それとも料理人の腕がおかしいのかわかったものじゃない。


何れにせよ私は人間界の料理を食べてみたい。


「ノアは料理系スキルを持ってないだろ?」


「持ってなくっても体に料理の技術は染み付いてる。それにスキルは技術に上昇補正をかけるものだから別に持ってなくても料理を作るだけだったら不要」


「ふむ……ならば俺に一品作ってみせてくれ。それで俺が納得した場合人間界に行かせてやろう」


「分かった」


コクリと頷き、ノアは静かに部屋を出ていった。


実はこうなる事をノアは半場予想していた。

因みにメラはノアの考えを見抜いていた為何も言わなかった。

まさに我関せずだ。


「そんな回りくどい言い方をしなくても近々人間界にノア様を送る予定でしたよね?」


「……ノアの手作り料理を食べてみたかったからだ」


「本当に親馬鹿ですね」


「ノアには内緒にな」


「……はい」



ー厨房



「お、おひとりで大丈夫ですか……」


「大丈夫、だから心配しないで」


「分かりました……」


オロオロとする料理人とエプロンを身につけたノア。

何故料理人がオロオロしているかと言うと、それはノアが魔王の子となったからだ。

料理人はもし魔王の子であるノアが怪我してしまったら一体どんな事を魔王に言われるか心配でならなかった。

だがそんな気も知らないノアは包丁を手に取り淡々と調理をし始めた。


「……取り敢えずそれっぽい物で作るしかないか」


それっぽい物とは食材だ。

でも見た目が全てアレなため美味しく出来るかは分からない。

だってギョロギョロとした目が幾つもある紫色の魚とか手足が生えている人参ぽい何かとか明らかに食べたら死ぬんじゃないかって思えるくらい毒々しい色をしたキノコとか怪しい食材が籠の中にぎっしりと入っているんだもん。


うん、よく見て見たらそれっぽい食材が何一つ無いね。


「特にこのキノコ? は本当に食べて大丈夫な物なのかな? ベニテングタケの傘の色を青にした感じなんだけど……」


まあ厨房に置いてあるのだし大丈夫なのだろうけどこのままの状態で料理に出せば食欲が大激減だ。

何かしらの工夫を施さなければダメだ。


「すり潰せばある程度は毒々しさは無くなるかな」


それでも毒々しい青色は少なからず残るかもしれない。こればかりはどうしようもないからそのまま鍋にぶち込むしかない。


「後はこのキモイ魚のアラで出汁を取って食材を煮詰めれば完成だな」


あまり触りたくはないがこれも人間界に行く為の道と考えれば安いものだ。

そしてそのアラで取った出汁の中に入れる食材は手足のある人参?と青いベニテングタケとキモイ魚の身だ。

全体的にグロい色の料理になりそうだが、今回私が求めているものは見た目より美味しさだ。

逆にこの食材達を使って綺麗な見た目の料理を作るのは無理ゲー過ぎる。

例え食卓を彩る食紅とかがあってもこの食材達の前では無意味な存在に等しいだろう。


「もう少しまともな食材は魔界にないものか……」


と、そんな事をかんがえていると鍋に入れたアラの出汁がグツグツと煮立ってきた。

それに合わせて私はすり潰した青いベニテングタケと半月状に切った手足の生える人参、鱗と皮を綺麗に剥いだキモイ魚をドボンと鍋の中に入れた。

予想通り食欲大激減する色をした何かが出来た。

出来たと言ってもまだ煮詰めている段階なのだが入れた瞬間ヤバイ色に早変わりした。

直感的に食べてはダメな色だが匂いはとても良い。

そう、匂いだけは良いのだ。


「何も知らないで目を瞑って食べればバクバク行けそうな匂いなんだよねぇ~……でももう見た目を見ちゃった私はどうも手をつけたくないなぁ~」


少々不安は残るが多分大丈夫な筈だ。

キノコもちょっとだけ焼いて食べてみたし、手足が生えている人参もほんのちょっと食べた。

キモイ魚は……食べる勇気が出なかったけど多分大丈夫だろう。

食べれる物は大体焼くか煮詰めるかすれば寄生虫も毒も殆ど消える。

だから大丈夫だ。


「そろそろかな」


最初よりも色が酷くなっているが、匂いは格段に良くなった。


スープ用のお皿にお玉で掬ったスープを入れた。

相変わらず見た目は最悪だ。

全くと言っていいほど食欲がそそらない。


「……味見はしなくていいや。ちゃんと手順を踏んで作ったスープなんだし」


私は器に入れたスープをお盆に乗せ、魔王様がいる部屋に向かった。

途中何人もの魔族が私の作ったスープをジーッと見つめていた。

やはり色がダメなのだろうか?

いや、魔族に限ってそんなことは無いだろう。毎日あの不味い料理を食べているのだし。


「作ってきた」


「早かったな。それで出来はどうだ?」


「分からない。厨房にあった食材だと私が得意とする料理が出来ないから」


流石にこればかりはどうしようもない。

いくら私が料理出来てもここは異世界であり地球ではない。

勿論扱う食材は初めて見るものばかりの為料理は完全に手探り状態だ。


「味は保証しない、味見してないから」


「……何故だ?」


「色が生理的に無理」


「そ、そうか。では頂くとしよう」


魔王はノアが作ったスープをスプーンに一掬いし、口に運んだ。

する魔王はワナワナと震え始めた。


もしかして不味かったかな?


そう思っていると魔王は体をワナワナさせながら口を開いた。


「う、美味い! 何だこのスープは!」


「ただのスープ」


冷めた声で答えるノアに魔王は苦笑したが、そのまま続けた。


「これがただのスープか? そこいらの料理人より格段に美味いぞ?」


はぁ~……魔王様はまだ分かっていないようだ。

私の料理が格別に美味しいんじゃなくて、今まで食べてきた料理を作っている人の腕が素人以下だって事を。

食材こそ違えど、作り方は極々一般家庭で出されるようなスープだ。

それなのにここまで評価されるなんて一体全体魔界の料理はどうなっているのやら……。


「魔王様は魔界の王様なんでしょ?」


「そうだが? それがどうした?」


「人間界の王様と食事会とかしないの? 例えばパーティーとか」


「しないな。人間族は俺達魔族を忌み嫌っている。話を持ちかけても切り捨てられるだけだ」


何で魔界の料理が不味いのか段々話が見えてきたような気がする。

簡単に言えば魔王様は人間が自分達を嫌っているから食事会とかパーティーの招待状を出しても参加してくれないだろうと思っているわけだ。

おかげで魔王様達魔族は美味しい料理という物に出会えなかったという事だ。


「今度出してみたら? 招待状」


「出すだけ無駄だろ」


「やって見なくちゃ分からないこともあるんだよ」


「確かに一理ある。だがそれは当分先になるだろう。今は三つの国と戦争中だ。どれか一つが終息してくれればそのような機会を作ろう」


「それが良いと思う」


魔王様には美味しい料理という物を知ってもらいたい。勿論他の魔族達にもだ。

美味しい料理は自然と笑顔が零れてくるし、食べてて楽しくなる。そういうことを魔王様達に知ってもらいたい。


これは私からの一種の恩返しみたいなものだ。

















第21部はまだ修正途中です。

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