メラの苦労と魔王の面倒事
修正終了済み
ー魔王城
「……帰って来たと思ったら誰ですか? その子は」
「知らん……」
「……はぁ~。どうしてあなたはこうも面倒事を増やすのですか。本当にあなたと言う者は……」
「いつも苦労をかけるな」
呆れながら魔王を問い詰めるメラと、小さな女の子を抱く魔王。
その光景を傍から見ればまるで家族のようだ。
だが実際は呆れる秘書と、面倒事を持ち込む魔王だ。
メラは怒りたくても怒れなかった。それは何故か……それは血だらけの女の子を魔王が胸に抱いていたからだ。
いつもいつも魔王の愚行を叱っているメラは今回ばかり許そうと決めた。それは血だらけの女の子への配慮か、それとも魔王の慈悲に感服したのかは分からない。
「取り敢えずさっさと医務室に連れて行ってください。ここ最近は珍しくマルクさんが医療室を取り仕切っていますので」
「いつ帰って来たんだ?」
「さぁ? いつの間にか帰っていました」
「まあいい。マルクが居るに越したことはない。私が帰ってくるまで頼んだぞ!」
そう言って魔王は勢いよく医療室に向かっていった。
「本来なら部下に任せるべきですが、魔王様が連れてきたのですから最後まで責任を取ってもらいましょう」
ー医療室
「マルクはいるか!」
医療室に着いた魔王はバァン!と勢いよく扉を開けた。勢いよく開けすぎて扉はメキッ!と悲鳴を上げた。
そこには真っ赤な髪で額に一本角の生えている男が静かに本を読んでいた。
この男こそが医療室を取り仕切っているマルクだ。
「おや? セルではありませんか! 顔を合わせるのは久しぶりですね!」
マルクの言うセルとは子供時代から言っている魔王の愛称だ。
因みに魔王の本名はセルサード・ウェンザードだ。
マルクは嬉しそうに魔王にかけよった。
それもその筈だ。マルクと魔王は子供時代からの友である。
だが大人になってからというものそれぞれの職に就いた為あまり会う機会がなかった。
魔王は前魔王の推薦で魔王になり、マルクは戦場で戦う同胞を助ける治療師になった為ずっと戦場に掛かりっきりだった。
「積もる話もあるのだがまずはこの子を診てくれ」
「じゃあそこのベットに寝かせて下さい」
魔王は胸に抱いていた子をゆっくりとベットの上に寝かせた。
「この子はどうしたんだい? 特に外傷と呼べるようなものは無さそうだけど」
「俺でも分からないからマルクの所につれてきたのだ」
「良い判断だ」
マルクはベットに寝かせた子の腕に片手を触れた。すると腕に触ったマルクの手は薄い緑色に光始めた。
これはマルクの持つ『診察』と言う観察系スキルだ。その手で触れたものであればあらゆる状態を見抜くことが出来る。
だがそれは生きている者に限られる。
『診察』のスキルを使ってこの子の状態を見たマルクは少し険しい表情をし始めた。
「大丈夫そうか?」
「……あまり大丈夫という状態じゃない。むしろ危険な状態だ」
「治療法はあるか?」
「う~ん……この子の種族特性なら何もしなくても大丈夫そうだけど……」
「何が心配なんだ?」
マルクは魔王に「真剣な話をするから真面目に聞けよ」と言った。魔王はマルクが今から重大な事を言うのだと瞬時に悟った。
マルクがこうも真剣な表情になるのを見るのは五十何年ぶりか……。
「この子は現在この世界に存在していない種族だ」
「どういう意味だ? 新しい種族なのか?」
「はぁ~……セルはどうせ『鑑定(人)』を使ってないだろ?」
「ああ、俺は無断で人のステータスを見ないからな。それでその子はどんな種族なのだ?」
「吸血鬼族だ」
「吸血鬼族だと? その種族は遠の昔に絶滅しているだろ?」
吸血鬼族は数千年前に姿を消した魔族だ。
姿を消した原因は未だに分かってはいないが、流行病が流行して全滅したとも言われている。
吸血鬼族は耐性スキルを獲得しずらい、だから流行病にかかり絶滅したと言われている。
そんな吸血鬼族がこの子だと言われても魔王は信じられなかった。
何故なら吸血鬼族が絶滅して数千年以上も経っているのだから。
いくらあの吸血鬼族であろうと数千年もの間誰の目に止まることなく生き続けることは不可能に近い。
「まあそれはこの子が起きたら了承を取ってステータスを見るといい。後もう一つ気になることがある」
「何だ?」
「それはこの子が《転生者》だという事です」
「《転生者》だと? それがもし本当ならば興味深いな」
「他にも気になる所があるけどそれは追追話していく」
「分かった。では後は頼んだぞ。早く戻らなければまたメラに叱られてしまう」
「相変わらずの性格だな。頑張ってこいよ」
「ああ」
そう言って魔王は医療室を出ていった。今この医療室にはマルクと魔王が連れてきた子供しかいない。
魔王が居なくなってしんとした医療室でマルクは「ふぅ~」とため息をついた。
これじゃあせっかくの休暇が無くなったも同然だな。
何でこうもセルは面倒事を持ってくるのかねぇ。
昔っからの性格は全く変わらない……か。
何はともあれセルの頼みごととあっては引き受けないわけにもいかないな。
「それにしても吸血鬼族か……これまた珍しい者を連れてきたものだ。それと……この胸の物の様子だと、この子は後どのくらい生きられるのだろうな?」
ー魔王の部屋
「で、どうでした」
「マルク曰く危険だが大丈夫だと言っていた」
「そうですか。あの子は魔王様が面倒を見てくださいね。あなたが拾ってきたのですら」
メラにとって仕事が増えることは最悪の何物でもない。ただでさえ魔王の逃亡癖があるせいで毎日毎日忙しい日々を送っている。せめて魔王がもう少し真面目な者であればメラの忙しさは解消されていただろう。
「俺がか!」
「はい」
「いやいや! 俺には息子と娘が二人いるんだぞ!」
「別に良いじゃないですか。子供が三人に増えるだけの事です。一人増えたぐらいなら今までとは大して変わりませんよ」
「あの子は親がいるかも知れないのだぞ!」
「魔窟で拾ってきたのですよね? そんな所に住む親子などいません。あの子は魔窟に捨てられた子です」
メラの言う通り魔窟に住む者などこの世界をいくら探してもいない。
あそこはエリア1~エリア10まである魔境だ。エリア10に近づくほど魔物が強くなり、エリア10の中心にいる魔物のランクは世界最強クラスのSSSだ。
エリア1は比較的安全な場所なのだが、エリア2からレベルが上がってくる。
そして、真の魔窟と呼べる場所はエリア3からだ。
そんな場所に住もうとするものなど余程自分が強いと思っている奴か、単なる馬鹿だけだ。
「幸い魔王様の子供達と差ほど年齢差を感じませんので多分大丈夫ですよ」
「俺の子がどう言うか分からんが拾って来てしまったものはしょうがない。ここは大人しくメラの言うことを聞くことにしよう」
「それが良いと思います。何より私の苦労が増えるのが嫌なので」
「相変わらず物言いに容赦がないな」
魔王は「これでもメラの上司なんだがな」とメラに聞こえないように言った。
俺がいつも不甲斐ないばかりにいつもメラに世話をかけている。このまま仕事を続ければメラが倒れてしまうかもしれない。
近いうちに休暇を与えなくてはいけないな。
だが……休暇を与えてもメラは出勤している。
前に「何故休暇を与えているのに出勤するのか」と聞いたことがあった。
そして、そのメラの答えは「魔王様が仕事をしてくれないので私が肩代わりしているんですよ!」と半ギレで怒られてしまった。
その答えを聞いた俺はぐうの音も出なかった。
本当に俺は不甲斐ない魔王だな。




