「クズ」同士の殺し合い
唐突に迫る殺意という切っ先。
何故そこに向けられたのか、剣はある一点を確かに捉えていた。
銀色の、その先に立っていたのは。
ガギィ
金属と金属がぶつかり合う、鈍い音。
「……何の用だ、」
金属バットを手に持った、学ランの青年。
「クソガキがぁぁぁ!」
牧田 司、その人であった。
「キャハッ!」
迫る剣を金属バットで払った牧田 司は勢いのまま左足を突きだす。少女はバランスを崩されたが、滑らかに身を翻した。零れた嬌声は彼女の余裕と狂気を示している。
「チッ……、クソが!」
次の一手に出たのは牧田 司だった。バットを強く握り、少女の方へと駆け寄る。込められた怒気はエレベーターでの出来事を連想させた。
あの少女は、殺されてしまう。
本能が確信に近い警鐘を鳴らした。
「ねぇ愛莉ちゃん。こんな時に聞くのもなんなんだけど……」
斜めに振り上げられたバットを少女が再びかわす。そんな鬼気迫るやりとりの最中、不意に椎名さんが僕の肩を叩いた。呆然としていた僕は、少しだけ正気を取り戻す。
「な、なんですか、椎名さん」
「私の気のせいだったら、ごめんね。この部屋の事なんだけど、」
椎名さんはエレベーターがあった方を指す。
「こんなに、広かったかな……?」
切れ目も継ぎ目もない壁は入って来た時よりも随分と遠いように感じられた。
そういえば、七人でも狭かったはずなんだけど……。
今では六人が傍観し、一人が倒れ伏し、二人が暴れまわるだけのスペースがある。
その違和感が表す意味は――。
「……加勢するぞ!」
鉄パイプを握った卯月さんが駆けだす。それはごく自然なことだ。一対一で戦う意味も道理も、この場所にはないのだから。
「オジサン、動かないでネー?」
少女は迫る巨体に剣先を向ける。一瞬怯んだ卯月さんは足を止めてしまった。それを見た少女が、口角を裂けそうなほどに吊り上げる。
「わかってる、よネー?」
少女は器用に剣を回し、下へと向けた。
その先に、いたのは。
「八女、チャン」
血塗れの、包帯だらけの死神。
既に死に体の彼女の胸を、少女は容赦なく貫いた。
「あぁあぁぁああうぅああ!」
八女の悲鳴が室内で反響する。痛ましい姿に思わず顔をしかめてしまった。少女が少女を剣で突き刺す光景なんて、悲劇でしかない。
「邪魔させないでネー?」
しかし少女は表情一つ変えないまま柄を捻った。再び悲鳴が室内に響く。八女は助けを求めるように震える右手を伸ばした。
その手には、何故かスマホが握られている。
ガシャッ
そして部屋は二つに仕切られた。
「……は?」
突如目の前に現れたのは、鉄格子。
無機質で感情のないそれは、牧田 司が少女と対している所と僕たちが立っている場所を区切るように立ちはだかっている。立ち止まっていた卯月さんもこちら側へ閉じ込められてしまった。倒れている八女を除いては牧田 司と少女、二人だけのスペースが完成してしまう。
「これでゆっくり遊べるネー!」
「ちっ……」
剣を八女から抜いた少女は再び司に走り寄る。一度金属バットを振りぬいた司も少女に向かって駆けた。
キィン
甲高い衝突音が響く。
「あんな細い剣でよくも……」
僕の傍まで戻ってきた卯月さんが感嘆にも聞こえる呟きを零す。言われてみればそうだ。少女は自身の腕よりも細い剣で、重く鋭い金属バットの一撃を受けている。普通だったら折れてしまいそうなものだろう。
……いや、あれは「受けていない」のか。
司が金属バットを振り降ろした時、少女は剣でその軌道を僅かに逸らしている。結果的に少女にも剣にもダメージがないのは当然だ。しかし、その技術は並大抵のものではない。
生前に剣術でも学んでいたのか、天性の才能によるものなのか。
幼い体躯からは、どちらの二択も想像つかない。
「ココ!」
少女の突きが牧田 司の頬を掠めた。何度目かの舌打ちを漏らした彼は拳の裏で少女の頬を殴りつける。少女の軽い体はあっけなく壁際まで転がっていった。お互いに初めて攻撃が通ったことになる。
「キャハハハハハハハ!」
少しの間床に転がっていた少女は、飛び跳ねるように立ち上がる。
「楽しくなってきた、ネー!」
蒼い瞳に宿るは無邪気な狂気。
「……ああ」
金属バットを肩に担ぎなおした牧田 司は、頬を歪ませる。
「そうかも、しれねえなぁ!」
鋭い眼光が孕むのは暴力的な殺意。
身軽な体と技術を持つ少女と、恵まれた体格と力を持つ牧田 司。
殺し合いの評価なんて僕にはできないけど、二人の能力は拮抗しているように見えた。
ガギィ
金属バットと剣がぶつかる。
「……私たち、どうなるんだろうね?」
椎名さんが小さな声で呟く。僕は、いや、誰もその問いに答えることはできなかった。檻に囲まれている僕たちは黙って傍観者に徹するしかない。僕たちはステージに上がってさえいないのだ。
衝突音と、笑い声。
密閉された空間に殺意の音だけが響く。
「……なあ、クソガキ」
しばらくそれが続いた後、口を開いたのは牧田 司だった。バットに弾かれ後退していた少女は、そのままの体勢で口を開く。
「ナーニー?」
「お前、俺と同じか?」
問いの意味がわからなかった。
牧田 司と少女に、なんら共通点はない。
しかし少女は何も躊躇いもせずに頷いた。
「そうだヨー?」
「そうか。そうだよな」
それじゃあお互い、クズってことだ。
「殺しあうしかねえよなぁぁ!」
「キャハハハハ!」
……意味がわからない。
話の脈絡が全く掴めなかった。しかし二人の間では話が成立しているようである。
もっとも彼らが本当に会話をしているのかさえ、僕にはわからないけど。
「なあどうだ! 新しい体を手に入れた気分はよおお!」
牧田 司が金属バットを横に振り抜いた。少女は重い一撃をさっとしゃがんでかわす。それは彼女の機動性が一番失われる体勢だった。
「俺は、」
青年の頬が邪悪に歪む。
平行に保たれていた二人の間に生まれた、小さな傾き。
殺し合いが、終わる。
それは僕にでもわかる単純な事実。
「最高の気分だぜぇぇぇぇぇ!」
高々と振り上げられた金属バットが振り下ろされる。
何の遠慮もない、全力で渾身の一撃。
あとは少女の頭から真っ赤な花が咲くだけ――、
だと、
誰もが思っていたはずだ。
「………………は?」
カァン
金属バットが地面に落ちる音がする。
「アリスの、」
檻の中にいるのは相変わらず横たわった死神、
「勝ちだネー」
無傷の少女、
「オニーチャン?」
そして左腕を切り落とされた、牧田 司だけだった。
□ ■ □ ■ □
一旦呼吸を開ければ、理解するのはそれほど困難ではなかった。
確かに振り降ろされた腕。放たれた一撃。向けられた殺意。
牧田 司は少女を殺すため、彼の全力を以て金属バットを振り降ろした。
少女はそれに、剣を合わせただけ。
あの時起こったことは、たったそれだけだ。
「……あれは、自滅だな」
卯月さんの呟きがその全てだろう。
きっとあの少女の細腕と剣に牧田 司の太い腕を切り落とす力はない。だから一番力が加わる、上から下へ腕を振る瞬間を誘ったのだ。
一撃の重さは脅威だが、金属バットの設置面積は少ない。しゃがんだ体勢からでも少し左右に動けば避けることができる。だから少女は剣を構えたまま一歩横に踏み出し、ただ立ち上がった。
あとは牧田 司自身の力が勝手に彼の腕を落としてくれる。
彼は自分自身の力で、自分の腕を手放したのだ。
「は、な、何で、俺の、腕、が?」
傍目から見ていて、間をおいて。ようやく理解できたのだ。当事者である牧田 司がその出来事を把握することなんてできやしない。戸惑った彼は短くなった腕と落ちている手を見比べ、何往復も目を泳がせていた。
「アリスは何も、」
そこに、次の一撃が迫る。
「してないヨー!」
振りぬかれた剣は牧田 司の右足を捉えた。もちろん切り落とすことは敵わない。しかし動揺している彼のバランスを崩すには十分すぎる血肉を抉り取った。
巨体が傾ぎ、赤い床に倒れる。
「俺の、腕、から、だって」
叫びも、悲鳴も上げなかった。
「何で、また、負けて……」
何事か呟き続けるその姿は、他の何かに執着しているように見える。
「キャハハハハハハ!」
剣が纏う血液を振り落した少女は高らかに嬌声を上げた。一進一退の攻防はあっけない結末を迎える。あとは殺し合いというルールの上で決められた、フィナーレを待つばかりとなった。広くなってしまった空間に、少女の足音と笑い声だけが響く。
……僕たちは、どうすればいいんだろう。
一般的に言うならば、きっと助けるべきだ。でも大切な身体を危険に晒すにはあまりにも牧田 司のことを知らなすぎる。そしてこの鉄格子だ。そもそも彼を助ける術なんて本当に、
「できるじゃないか」
突然僕の思考に僕の声が重なる。いつの間にか僕の隣に立っていた零は見下すように鉄格子の向こうを眺めていた。
「君が持っている、それならね」
その口は実に愉快そうに歪んでいる。
僕の持っている、それ。
「……これ、か」
どうして忘れていたのか、理由は明白だ。突然あんな殺し合いを目の前で繰り広げられていらのだから。手に握っているこんな小さな存在何て、忘れるに決まっている。
確かに……、これを使えば。
きっと牧田 司の命は助かる。しかし意識しはじめた瞬間、急激に掌にかかる重さが増した。ずっと握っていたはずなのに、既に手に馴染んでいるはずなのに。体温よりもひどく冷たく、人間が持ってはならないもののように感じる。
やはり僕は、これが嫌いなのだろう。
「そろそろ、終わりにしよーネー?」
一しきり笑い終えた少女は剣を牧田 司の首に添える。僕が思い悩んでいる間に、結末はつい目の前まで迫ってきていた。
「結局、俺は……」
牧田 司は相変わらず動こうとしない。
「…………」
鉄格子に阻まれた他の五人は、どうすることもできない。
そして僕は。
僕だけは。
「ふぅん、なるほど」
腕を真っ直ぐ伸ばし、少女の方へと向けていた。
「君はそうするんだね、長峰 愛莉」
考えるべきことは、きっとたくさんある。
あの少女は何者なのか。
ここで本当に牧田 司を助けるべきなのか。
そして僕は、本当にこれを使うのか。
しかしもう答を出している時間はない。タイムリミットはもう目の前まで来ているのだ。
ならば、いつも通り諦めてしまえばいい。
目の前で殺されそうになっている人を、見殺しにする。そんな自分の姿を愛莉の網膜に焼きつけたくないから。
たったそれだけの、くだらない理由のために。
「さよーなら、オニーチャン!」
僕は冷たい、引き金を引いた。