牧田 司の、はじまりⅠ
馬鹿みたいに、晴れていた。
まるで子供が描いた絵のように青だけで塗られた空。
俺はこんな天気が、一番嫌いだ。
「――というわけで、みんな帰り道には気をつけろー」
ほとんど聞いていなかった担任教師の話はようやく終わろうとしていた。長期休暇の前だからか、今日は一段と長い。無意味な時間だ。
「それじゃ、年明けまで体に気を付けるように。号令」
起立、礼。
さようなら。
「……」
さようならは、別れの挨拶だ。
しかし少し前までは始まりの挨拶でもあった。
矛盾しかない、おかしな話である。
「……帰るか」
毛羽立ったマフラーを巻いて立ち上がる。肩にかけたエナメルバックは見た目に反して軽い。
この違和感に、俺はまだ慣れていない。
「あ、刀磨君だ」
席を離れようとした瞬間、不吉な名前が耳についた。人違いであってほしいが、そうそういる名前でもない。
ちっ……、面倒くせぇ。
「やっ、美咲ちゃん。牧田は……、いるね」
見つかる前に教室を出ようとした俺は不覚にも目を合わせてしまった。自分の愚かさには反吐が出る。名前が聞こえた瞬間から駆けだしておけばよかった。
「よっ、牧田。ちょっと話そうぜ」
クラスの女子に手を振りながら刀磨はこちらに走り寄る。
俺が無言で歩き出したのも構わず、俺が睨みつけているのも気にせず。
刀磨はずかずかと、こちらに踏み込む。
「……俺はお前と話すことなんてない」
「俺にはあるんだよ。ほら、帰りながらでもいいからさ」
こいつはきっと譲らない。
いや、確実にそうだ。
わかっている俺は一言も発さず、首を振ることもなく、再び歩きだす。この僅か数秒で多くの視線が俺の方へと集まっていた。もう何度目かの舌打ちが漏れる。
こいつといると、何もかもが面倒くさい。
「騒がせてごめんな、みんな。良いお年を!」
廊下に出た背後から馬鹿馬鹿しいほど明るい声が聞こえる。一斉に聞こえるクラスメートの声も含めて虫唾が走る。ヘッドフォンを忘れてしまったことが何よりの後悔だ。
「いいクラスだよな。あ、そうそう美咲ちゃんってさあ――」
俺がどれだけ顔をしかめても、こいつは自分の話をやめない。
無視をされていることに気づいていないのかもしれない。
或いは、本当にそれが俺のためになると思っているのかもしれない。
……普通だったら、そんなこともあったのかもな。
「なっ、牧田。お前はどう思う?」
外に出た俺を冷え切った風が迎える。空は相変わらず馬鹿馬鹿しいほど晴れていた。
グラウンドの土、生徒たちの嬌声、その全てが鬱陶しい。
今の俺には、何一つとして届かない。
何一つとして、届くものなんてないのだ。