一週間の猶予
なるほど。これは目からウロコだった。
ギルドの使い方や、依頼の進め方を学ぶことに重点があるのが理想で、命がけだったり頭を使う依頼は避けたほうがよい……ということか。確かに、はじまりの街には初心者ばかりなのだから、難易度高い依頼を配置しても意味がない。鍛錬場で習得した魔術を実践で試すような依頼があってもいいだろう。
ギルドだけではないが、この街の役目は冒険者にとってのチュートリアルであるということを、念頭に考えるのが大切なのかもしれない
「そして、次に武器や防具、薬の調達です」
「そういえば、この街には鍛冶屋や薬屋をあまり見なかった気がするな。……まさか」
「はい、鍛錬場と同じです」
鍛錬場もそうだが、冒険者が少なくなったことで冒険者向けの店にとっては厳しい状態だったのだろう。
「安くて手が出しやすいものが多いのはありがたいんですが……種類少なめで、古びたものが多い気がします。腕利きの鍛冶屋さんや薬剤師さんは、みんな他の街に行っちゃいますし」
俺は腕を組んで俯く。
これもまたかなり重要な問題だ。まともな武器が調達できないのであれば、冒険に行こうにも行けないではないか。
「私もそうなんですけど……転生する前の人生で〝命をかけた戦い〟ってしたことが無いんです」
「そういう奴らには保険が必要ってことか。身を守るための防具や、良い薬とか……それらがないと恐れで前に進めないということか」
それに転生者は、二度目の死に対して非常に過敏になる傾向がある。そりゃ、死の苦痛を進んで二回も味わいたいという酔狂な人間は無に等しいだろう。
「そして、最後に次の街へ出発することで〝冒険者〟となると私は思うんですけど……」
「そこにも問題はあるのか」
自分から聞いておいて何だか、問題の多さに思考放棄したくなってきた。
「この街の周辺って、強い魔物しかいないんですよね。弱い魔物が狩り尽くされたせいで、一気に増殖したらしく……なので自主的な鍛錬もそうですけど、徒歩で他の街に行くハードルがすごく高くなったんです」
リオノーラは馬車の値段が高いと言っていたが、強い魔物が増えたためだと考えれば納得である。強いといっても、あくまで初心者にとってはというレベルであろうが、決して一蹴してはならない問題だろう。
「……と、これくらいでしょうか」
俺は椅子にもたれ掛かって、白い天井を仰ぎ見る。
はじまりの街は小さいものを含めると百を超える数があると言われている。その中でも冒険者排出率が最低になる理由がやっとわかった気がした。
「どうしようもないな。俺がどう動いたとしても、冒険者の重い腰を上げられる自信がない」
「街全体で諦めてるようなものですから。余程の刺激がないと、変わらないと思います」
ミツの話に加え、もしかしたら組織的に冒険者を生み出さないようにする力が働いている可能性もある。何かの団体であればいいが、もし国規模ならば最悪だ。街を変えることが、すなわち、国に対して反乱を起こしているようなものになってしまう。
俺は歴史に影響を与え過ぎてはいけない。
ただ少しだけ助力して、僅かの変革が起きればいい。
しかし、この現状ではどうやらそうはいかなさそうだ。
「でも……先生はそれでも、この街を変えるんですよね?」
「ああ、変えてやるさ。多少強引にでもな」
手段がないわけではない。ややこしい事態になる可能性はあるのだが、セニルを変えるためには惜しむ理由がない。
「一週間待ってくれないか? その間に〝下地〟を完成させる」
「下地……? 私は別にいつでも待ちますけど……鍛錬はしてくれるんですよね?」
「もちろん続けるさ。俺がいない時は、今まで通りの鍛錬を続けてくれ」
「ありがとうございます!」
ミツはほっと安堵の息をついた。どうやら俺が一週間鍛錬ができないものだと思っていたらしい。
「あの、先生。どうしてそこまでしてくれるんですか?」
ミツの不意をつく質問に、俺は驚いてしまった。
人間を滅ぼさないため、なんて大層な話はできない。魔王に勝つため、と言うとどこかの組織の回し者だと思われてしまうだろう。
「どうして……か。どうしてだろうな。したくなったから、したんじゃないか。それにこんな素晴らしい街で、怠惰に過ごすしか選択肢がないなんて寂しいからな」
「あ、いえ……その……私に対して、です」
「ミツに? 別に大したことをしてるつもりは無いけどな」
「それでも、です。本来なら私のことより、街を変えることを優先すべきなのに……」
ミツは俺を過大評価しているというか、大袈裟に捉えすぎているような気がする。本心は〝鍛錬場の顔として育てたい〟というところだが、素直に伝えるわけにはいかない。
「この街に来て、一番最初に出会った〝目に光を持つ〟人だったからだ」
「目に光……?」
「ああ。夢や希望に向かって、真っ直ぐ突き進んでるっていうか……。そういう真っ直ぐな人が好きなんだよ」
嘘は言っていない。本心でもないが。
人の心の輝きは、心の影響を受けやすい魔術の強さへと繋がる。
もし俺の喉に刃が届きうる力を持つ人間には不可欠な要素の一つだ。
俺を封印したアイツのように。
「真っ直ぐ……私が……」
顔を俯かせ無表情に徹しようとしているが、頬が緩んでいるのがばればれだ。感情が素直に顔に出るのは、人としてはいいことだが……今はそれ以上思うまい。
と、店員がこれまた豪華なデザートを運んできた。色とりどりなフルーツを、甘い香りのする蜜などでコーティングしている。
「話は終わりだ。食事の続きをしようか」
「はい!」
読んで頂きありがとうございます!
次から三章目に突入……いよいよ街を変えていきます。
次回更新は2/18月曜日です