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百年ぶりのディナーと街の問題点

 昼間は白一色の銀世界が広がるセニルだが、夜になると別の顔を見せる。

 街灯の灯火が家や道路を照らすと、白一色だった町並みは橙一色へと代わる。清潔さ溢れる街から一変し、温かみ溢れる街へと代わった。


 先程までいたペトリュスもライトアップされ、幻想的な景観を生み出していた。重苦しく古めかしい雰囲気から一転し、崖下部を優しく照らす大きな灯りとなっていた。


 俺とミツは一度鍛錬場へと戻り、ヘイデンから夕食のためのお金を貰った。既に換金を終えていたヘイデンは、快く渡してくれた。彼にとっては、大金の中の僅かな金に過ぎないのだから拒む理由がない。


 俺たちはこの街で一番美味しいと言われる飲食店へと行くことにした。待ちに待った百年ぶりの食事だ。


 〝魔力を、生命維持に必要な栄養素に変える〟ことができる体質であるため、俺にとって食事は趣味の一環であった。生きる上で必要ない〝食事〟という行為だが、得られる幸福感は何事にも代えられない。


「うわぁ……! すごい! こんないいお店でご飯できるなんて思わなかった」


 ミツがはしゃぐのも無理はないくらい。

 王宮のような純白の大理石に、これでもかというくらいに宝石が散りばめられたシャンデリア、座ると羽に包まれたかのように柔らかい椅子。こんな田舎町に、これほど豪勢な店を出すなど思い切ったことをしたものだと感心する。


 クネイトゥラの最下層も、こんな感じの豪華な部屋にすればいいのではないだろうか。正直あの真っ暗な部屋は退屈すぎて気疲れしてしまう。今度ガーゴイルに相談してみよう。


「なんだか貴族になった気分ですね」

「まさかこんなサービスができる店が、こんな田舎町にあるなんてな。ま、街の造りからして金が無い街だとは思わなかったが」

「むう……。ウラボス先生ってデリカシーがないですね。こういう時に、堅苦しい話はナシですよ」


 ミツは眉をしかめる。デリカシーという単語の意味がよく分からなかったが、


「そういうものなのか。では、俺からもお礼として……あまりきょろきょろしてはしゃぎ過ぎると、自ら貧乏人ですと言っているようなものだ。堂々とした佇まいでいることをオススメする」

「……ウラボス先生って、変な人ですね。悪い意味で」

「よく言われるよ」


 裏ボスが変でない世界はないと思うけどな、と心の呟きで付け加えておいた。


 俺とミツが通されたのは、白いレースで彩られた個室だった。すでに何品か並べられており、美味しそうな香りと見た目に思わず飛びつきそうになった。

 

「では、いただきます!」


 ミツは座るやいなや、合掌してから食器を手に取る。ミツが元いた世界のマナーなのだろうか……。


「いただきます」


 俺も真似をしてから、フォークで突き刺した食べ物を口に運ぶ。


「「うまい……!」」


 思わず声を揃えるほどの美味しさだった。味覚は舌だけで感じる筈なのに、まるで全身に電撃を浴びたような衝撃が走っていた。


 これも人間が生み出した尊き文化だ。

 魔物なんか、大半が獲物に直接がっつくことしかできない。魔王を始めとした高度な知能を得たものさえ、最低限の処理しかしない。食器のこだわりはあれど、出す料理に彩りや深みのある味付けがあることはない。


「ウラボス先生、食べ方がなんか変ですよ。フォークはこうやって持って、ナイフはこう持って……」


 普段は食事をしない、などと言えない俺は素直にミツの教えを請うことにした。彼女の世界は非常にマナーが厳しいらしく、様々なマナーを教えてくれた。


「この世界は、色んな文化の人が集まるせいかマナーには寛容なんですよね。こんな高級レストランで、フォークとナイフが一組しか置かれてないことにびっくりしましたよ」

「何組もあるのは、たくさんの人で食べられるようにということか?」

「それが違うんです。料理一つ一つに対して、別々のフォークとかナイフを使わないといけないんです」


 聞けば聞くほどミツの世界のマナーは難解で、正直なところ面倒くさい。だがそれもきっと、文化というものなのだろう。


「さて、そろそろ今後についての話をするか」

「えっ! 今するんですか?」

「そのための個室なんだ」

「……はぁ。いいですよ、やりましょう」


 何故かミツは仏頂面になっていた。楽しい時に話を切り出せば、潤滑に聞き出せると思ったのだが……どうも間違っていたようだ。

 俺は手に持っていた食器を置き、ミツを見る。


「だがその前に、ミツに聞いておかなければならないことがある。この街で冒険者になる手順だ」

「手順? 私もよく分かんないけど……資格とか試験とかあるわけじゃないですし」

「そこはミツの主観でいい。で、ここが重要なのだが……手順の中で、セニルに無いものがあれば教えてほしい」


 冒険者志望であるミツの目線から、何があれば冒険者になれるのかを聞こうというのが魂胆だ。よくよく考えてみれば、俺は冒険者になるために何が必要なのかを知らない。ただ魔術を極めればいいのであれば話は早いのだが、きっとそうではないだろう。


「難しそうですけどやってみます」

「助かる。ではまず、冒険者としてこの世界に転生……ただしくは召喚だが、それはセニルの北にある協会が召喚場所なんだよな?」

「です。一番最初の問題は、案内人がいないことですね」


 その話はギルドの受付人であるリオノーラとしていた。

 だが、これについては看板でも案内はできる。さして問題ではないと考えていた。では、次だ。


「次に冒険者が必要なのは鍛錬場……魔術を教わる場所ですね」

「ちょっと待った。転生者の住まいやお金は大丈夫なのか?」

「転生者には、最初に街から住居やお小遣いを貰えるんです。さっき話してた、案内人のおじいさんに教えてもらえます」

「それは言うのか。ってか、この街随分とふとっぱらだな」


 しかし聞けば聞くほど、この街の不思議さに驚かされる。

 気前よく家と金は与えるくせに、冒険者としての活動ができる場を整えない。この街は冒険者を育てないのか、そうでないのかよく分からなくなってきた。


 話を戻そう。魔術を教える場は、俺の鍛錬場でとりあえずは補えるだろう。


「ある程度魔術が使えるようになったら、ギルドで依頼をこなして経験を積んだり、お金を集めたりします」

「そのギルドの稼働についても問題だな。国立のくせに冒険者はおろか、依頼すら貼り出されてない。正直今の所、お手上げ状態だな」


 積極的に動く冒険者が増えたとしても、ちゃんと機能してくれるかどうか甚だ疑問だ。だが、それはその時に考えればいいか。


「一般的にはギルドの依頼をこなすこと、イコール、冒険者なのかもしれませんけど……私は違うと思ってます」

「ほう。それはなぜだ?」

「だって、まだ〝冒険〟してないじゃないですか。はじまりの街の依頼は特に難しいものがなく、言われたことをやれば成功するような依頼ばかりだと思いますから」

読んで頂きありがとうございます。

次の更新は2月15日予定です!

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