はじまりの街のギルド〝ペトリュス〟
セニルの中央に流れる大河〝エシュ川〟。
幅五メートルほどの川が、町の北にある湖から訪れ、南にある海の方へと流れている。流れは非常に穏やかで、川底がはっきり見えるほど澄んでいる。
そして街に潤いと癒しを与える川を跨るように、城を模した建物が立っている。
〝ペトリュス〟。
それがこの建物の、そして、ギルドの呼称である。
この街にある古き建造物の1つだ。
「近くで見るとこれまた荘厳だな」
「そりゃ、セニル一番の高さの歴史を誇る建物ですからね」
半年前に来たばかりであるはずなのに、ミツはあたかも生まれ育った街を自慢するようだった。
俺とミツは、ペトリュスに足を運んでいた。鍛錬を終えた冒険者が、次に向かう場所がギルドだとガーゴイルから聞いたことがあった。もしかしたらここにも、冒険者の排出を阻害する何かがあるのかもしれない。
崖の上から見たときから感じていたが、街から見たペトリュスの異質さを、今全身で感じていた。
外装の色やデザイン、年季を含めた全てが街から浮いている。それは川上にある巨大な橋もそうなのだが……人を立ち寄らせない雰囲気があるように感じた。
「一階は向こう岸に行く橋になってます。二階がギルドで、三階が食事場、四階が倉庫らしいです。見た目は豪華なんですけど、中は他のギルドと変わらないそうです」
まるで旅行客を案内するかのような口調だが、〝らしい〟とか〝そう〟とか、自分では体験していないような言葉遣いをしている。
「ちなみにミツは入ったことあるのか?」
「一回も無いですよ。プロの人たちがたくさんいらっしゃる中で、初心者の私が入るのはどうかなと思いまして」
「……ペトリュスについての情報は?」
「ぜんぶ人づてですけど」
戦いの時もそうだったが、ミツは見切りをつけるのが早いというか、若干慎重になりすぎているきらいがある。
属性の強弱の話もそうだ。まだ百を試していない中で、根拠のない理論に怖気づいてしまっている。
勇気を出してもう一歩踏み込めば、見える世界も変わるだろうに。
まあ、それはさておきとして。
「じゃ、入るか」
「ええっ! 私まだ初心者ですよ? 入って大丈夫でしょうか……お前にはまだ早いってリンチにされちゃうんじゃ……」
「そんなわけないだろ。ほら、行くぞ」
俺は構わず螺旋状の階段を登っていく。ミツは俺の後ろで隠れるようにしてついてきた。
二階に辿り着いた俺たちを待ち受けたのは、これまた豪勢な金属製のドアだった。赤銅色の取っ手をなぞりながら、俺は呟いた。
「静かすぎるな」
中から何一つ音がしない。足音も、話し声も、物音も。
ドアのすりガラスを見ても、誰かがいるような感じはしない。
「もしかして、ギルドお休みなんでしょうか? ちょっとドアを引いてみましょう」
ミツが取っ手に手をかけ手前に引くと、キィと低い金属音とともにあっさりドアが開いた。
「あ、開いちゃいましたよ!」
「そりゃ、ドアを引いたからな」
「いやまあそうなんですけど……鍵が掛かってるかと思ってたんで」
「期待通りでなくて残念だったな。さ、中に入るか」
「え? ちょ、心の準備が――」
ドアの中は、灯り一つついてない薄暗い部屋になっていた。窓から入ってくる灯りだけが唯一の光源で、鬱蒼とした雰囲気が漂っている。
部屋の中も外装と同じく赤銅色だと思うが、酷く汚れているように感じた。
「誰もいませんね。テーブルと椅子がグシャグシャに置かれてるだけで、冒険者への依頼書もどこにもありません。ね、早く出ましょう?」
ミツは先程より強く俺のコートの端を握り、ちらちらと周囲の様子を伺っている。
「……さては、幽霊でも怖くなったか?」
「べべべ、別にそんなんじゃありませんし?」
「ちなみに言っておくが、肉体を持たないタマシイだけの魔物は存在するからな。今からビビってるようじゃ倒せないぞ?」
「幽霊いるんですか!? って、今このタイミングでその話をしないでくださいよ!」
ミツに背中をポコポコ叩かれながら、俺は改めて部屋の方を見た。
「さて、そろそろギルドの話を聞くとするか」
「え? でも誰も……もしかして幽霊に――」
「いや、一人だけいるじゃないか」
俺はずけずけと奥に入り、カウンターの更に奥へと進む。事務所のような部屋に入ると、ソファで一人の女性が寝息を立てていた。
完全に寝間着だと思われる、あたたかそうなもふもふの服に身を包み、だらしなく口を開けている。紫色の長い髪が、川のように床へと垂れている。
「ミツ、起こしてくれないか」
「わたしっ!?」
「俺だと暴漢扱いされるかもしれないだろ?」
「……確かにそうですね。先生の顔少し怖いですもんね」
「一言余計だ」
少しコンプレックスに感じていたところを突かれ、俺は少しむっとなってしまった。
肌が少し浅黒いのと、若干顔の彫りが深いこともあり、日の当たり方や角度によって怖く見えるらしい。真っ黒な髪が雰囲気を重くしてるのも、その印象を助長してるのかもしれない。
ミツは女性の隣でしゃがみ込み、とんとんと優しく肩を叩いていた。
「すみませーん」
小声で起こそうと試みるが、眉一つ動かない。
しばらく肩を揺さぶっていると、小さな呻き声とともにうっすら目を開けた。
「……だれ?」
眠たそうなくぐもった声。ミツはぺこりと一礼し、自己紹介する。
「えっと、冒険者志望のミツと申します! 今日は折り入ってご相談を――」
「そ。おやすみ」
「寝ないでください! 毛布かぶり直さないでくださいーっ!」
しかし、女性は再び寝に入ろうと寝返りをうち、ミツに背を向けた。ミツはぐぬぬと歯を食いしばったあと、俺に向けて指差した。
「次はあの怖い顔の人が起こしますよ」
あいつは一体何を言ってるんだろう。
しかし女性は俺をチラと見るやいなや、先程まで一ミリたりとも傾かなかった上半身を起こした。
「あの人怖そうだから起きるわ」
「どういう理屈だよ。ま、話を聞けりゃそれでいいけどさ」
女性は頭を掻きながら、気怠げな表情をしながら立ち上がった。ぺたぺたと室内用の靴音を鳴らしながら歩き、部屋の電気をつける。
「今から飲み物入れるから、適当な椅子に座ってくださる?」
「あ、いえいえ! そんなそんなお構いなく! 聞くこと聞いたらすぐに帰りますから!」
「久しぶりの客人ですもの。少しくらいはおもてなしさせてね?」
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次の更新は2月8日㈮です。