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力試しと最弱属性

 ミツの叫びと同時に、周囲にいくつもの青い魔術陣を展開する。俺やミツの周りだけでなく、天井近くや離れた床にも……合わせて五十ほどだろうか。魔力コントロールが長けているのは正直ありがたい。転生者が特に苦手としやすいのがコントロールだからだ。


 一つ一つの陣は小さく、魔力もそこまで込められていない。となれば、可能性としては何かしらの条件で発動する罠系の魔術だろうか。魔力に反応するタイプ、体の動きに反応するタイプ……様々な条件があるため、迂闊に動くことができない。

 触れて致命傷になる術が仕込まれてることはないだろうが、警戒しておくに越したことはないか。


「はぁっ!」


 勢いよく床を蹴り、ミツが俺へと駆け出す。

 魔力による筋力強化もされておらず、かといって素の身体能力が高いわけでもない。剣自体に魔術が掛けられているようにも見えず、つまるところ、今のミツは隙だらけだった。


 どうやって力を試してやろうかと考え始めた時だった。


「っ!」


 十メートル以上離れていたミツが急に加速し、瞬く間に詰め寄る。意識したときには距離を詰められていた。

 走り出しは普通の人間と変わらなかった。だが、俺の前へ辿り着く間、人間の域を超える速さと動きになった。


 そして、俺の右肩目掛けて振り下ろされる。


「うおっと」


 急いで体を後ろに反らし、鞘の軌道から外れる。やはり、基本的な運動性能は普通の人間と大差ない。むしろ遅すぎるくらいで、攻撃後の隙も大きい。鍛え直す余地は多々ある。

 とりあえず、これで隙が生まれ――


「まだまだっ!」


 足元に振られた鞘が勢いよく切り返し、俺の太ももめがけて薙ぐ。


「またかっ!」


 一振り目は人並みであったのに、二振り目は倍近く早い。いや、そもそもあんなに大きく振っておいて、急に切り返しができる筋力がどこから生まれた?

 彼女の細腕から生まれたとは思えない芸当に、俺は後方に跳んで躱した。一旦距離を取ろうとするが、着地と同時にミツは眼の前に迫っていた。


 まさに神出鬼没。しかし、これは明らかに人の筋肉だけが動かしている現象ではない。

 と、頬に数滴の水が跳んできた。


「水による……加速……か!」


 俺は息する間もない連撃の合間に、周囲の状況を確認する。

 最初にミツが展開した複数の魔術陣の間で、激しい水流が流れていた。

 

 体の動きを加速させたのは、足元に流れる水流。近付くだけでなく、俺から離れるための水流もすぐ隣に流れていた。意識的かどうかは分からないが、その水流には〝移動速度上昇〟の性質を帯びていた。


 俺の周囲に展開している魔術陣には、上下に流れている水流が作り出されている。水の流れに加え〝物理反射〟の性質を帯びているため、剣をぶつけることで強制的に向きを変えられるのだろう。


 なかなか大したアイデアだが、真に恐るべきはこの高速攻撃に意識と体が伴っているミツ自身である。筋力はまだまだだが、目と意識はしっかり速さに追いついている。それに加えて、最適な場所に最適な水流を流すよう頭も動かしている。

 一人で必死にトレーニングしたからといって、容易に到れる境地ではない。


「はぁ……はぁ……」


 目にも留まらぬ連撃が始まってから十分ほど経っただろうか。

 ミツは攻撃をやめ、俺から距離を離した。

 肩が大きく上下させ、息を乱している。あれだけの動きをしたら、さすがに体力はそこまで保たないか。それでも引く間際までほぼ攻撃速度が変わらなかったことは驚嘆に値する。


「もう……ごほっごほっ……終わりか?」


 ま、体力をごっそり奪われたのは俺の方も同じだけどな。百年に及ぶ眠りのあとに、漫画片手にごろごろした生活を送ってればこうなるのは必然だった。体力もそうだし、筋力もかなり衰えている。


「……はは、こりゃ敵いません」


 ミツはぺたんと地面に座り込んだ。そして短剣から手を離して、両手を上げた。


「降参です。足も腕もくたくたです」


 この潔さに、俺は思わず感嘆した。

 諦めるなと、限界まで挑めと叱咤する人もいるだろう。だが、彼女の戦闘スタイルを考えれば間違ってはいない。


 〝全力で攻め、全力で逃避〟


 魔術と縁のない世界から来た人間が、短時間で強くなる形の一つを徹底している。


「冒険者志望の段階でこのレベルとは、正直驚いた。自分の弱みを補うために考えられてるな」

「えへへ……ありがとうございます」


 とはいえ、ミツの魔術は強引過ぎる。水で動きを加速するのはともかく、水の流れを利用して攻撃軌道を変えるのはあまり良い手とは思えない。不意打ちには使えたとしても、水の流れである程度攻撃が予測できてしまう。


「ねえ、先生。水属性って最弱属性なんですか?」


 ミツは少し表情を暗くして尋ねた。

 俺は思わず首を傾げてしまった。


 この世界において、属性に強弱は付けられないというのが定説となっているはずだ。能力や状況、使い方によって強くも弱くもなるのだから。


「単純に属性の優劣はつけられないと思うけど……どうしたんだ?」

「他の冒険者の人たちが話してたんです。治癒の力は光属性より弱くて、斬撃は風属性の方が強くって、防御はもちろん土属性に及ばない。攻撃力に勝る火属性や、呪いや精神魔術など変化球な能力のある闇属性は比べることすらおこがましいって」


 俺は思わず笑ってしまった。なんと偏った見解だろうか。

 でも言いたいことはなんとなく分かる。水属性は、初心者には中々扱いが難しい属性だ。ミツの言うとおり、器用貧乏である属性というのも否めない。


「それで行き着いたのが、先程の術か。魔術を使われる前に速攻で倒そうという」

「そうなんです! 運動神経の悪さもカバーできるので、一石二鳥かなって思いまして……どうでしたか?」

「悪くはないな。冒険者としてそこそこ活躍できるかもしれない。が、そこまでだ。それ以上は厳しいだろうな」


 魔術ではあるが〝魔術〟らしい術では無い。初級クラスの魔物には有効だろうが、それ以上だと厳しくなるだろう。

 特に相手が遠距離戦を得意とする場合、苦戦を強いられるのは明らかだ。


「そうですか……」

「ただ、可能性がないわけじゃない。今後の鍛錬次第では伸びると思うけどな」

「ほんとですか!」

「嘘ついてどうする? ただ、これまでよりもっと辛い鍛錬もしなきゃならないかもしれないけどな」

「がんばります! どんな鍛錬であろうと!」


 ミツの目がまっすぐと俺を見つめる。

 その目は真剣さというより、助けにすがるような瞳だった。


「くしゅん」


 と、ミツが可愛らしくくしゃみをした。

 ミツの服は水浸しになっていた。激しい水流に乗ったり剣を叩いたりしたのだから、本人に水飛沫が返らないはずもない。鍛錬場もまるで洪水にあったかのような惨状でところどころに水溜りができていた。


「仕方ない、か」


 このままではせっかく見つけた逸材が体を壊し、鍛錬場の床も傷めてしまう。


 俺は右掌を胸の前で上に向けた。小さな球状の魔術陣が出現する。黒く禍々しく光るそれを、ミツはじっと見ていた。


「きれい……」


 大抵の人間はミツと同じ感情を抱く。

 自然には存在しない漆黒の光を、何故か綺麗と認識するらしい。世間一般の魔物は、おそらく目にも入れたくない代物だろうに。


「ふっ」


 小さく息を吹きかけると、魔術陣は静かに霧散する。同時に生温い風が、魔術陣のあった場所から数十秒発生した。


「風魔術……?」

「そうだ。俺の風は〝乾燥〟の性質を帯びている。だから水を乾かすには丁度いいが……戦闘向きじゃない」


 数分もしない内に床に溜まっていた水は蒸発し、ミツの服も乾ききった。


 なんとかうまく魔術が発動できたか、どうもしっくりしない。魔力が通る地脈が地下に通り、魔術の発動が容易なはじまりの街でなければ、うまく発動できなかった気がする。


 しばらくはいざこざが起きてしまうような荒い手は使わないほうが良さそうだ。


「ミツの言う強い属性だとしても、必ずしも戦いに向いているとは限らない。水属性でも応用次第だ」

「では、私に教えていただけるのですか!」

「ああ。ただ……俺への協力が先だけどな」


 ミツはハッとした顔をして、項垂れだ。

 戦闘での冷静さは大人顔負けだが、表情の変わりやすさは年相応のようだ。


「忘れてました……。でも、約束は約束ですからね。何をすればいいですか?」

「そうだな……」


 俺は少し考え、


「この街のギルドに連れて行ってくれ」


読んでいただきありがとうございます。

次の更新は2月5日(火)です。

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