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捨てられた鍛錬場

「お二人さん、こんなところでどうなさった?」


 一通りの挨拶を終えた俺たちに、初老の男性が声をかけてきた。

 白髪で、背が少し曲がった彼はじっと俺を見てきた。みすぼらしいしわしわのシャツを着ており、苦労人感が全身から伝わってくる。


「立派な鍛錬場だと見ていたんだ」

「嬉しいですな……セニルで指折りの鍛錬場だとも言われたことがあったかの」


 まるで十数年帰っていない故郷を懐かしむような声音だった。

 老人の言葉がここ最近の事ではないということは、鍛錬場の様子を見れば火を見るよりも明らかだ。


 雑草が好き勝手に伸び、門を縛る鎖にも酷い錆がついている。建物自体はしっかりしているが、外壁には蔦が好き勝手に絡みついている。


「ところで、あなたは……?」

「この鍛錬場を営んでた者じゃ。残念ながらここはもう三年前に畳んでおる。売ろうにも街がなかなか買い取ってくれなくてな……おかげで毎年ただ土地費を取られるだけよ」


 ここだけでなく、どの鍛錬場でも同じように放置されている場所が増えているという。セニルは崖上の居住区を拡張させることに力を入れているため、鍛錬場を買い取るほどの余裕がないらしい。


 しかし、これは好都合なのではないだろうか?


「この鍛錬場、俺にくれないか?」


 彼は鍛錬場の処分に困っている。なら俺がそれを使い、使用料として土地代を賄えば互いにとって利益でしかない。


 鍛錬場は、冒険者になるための第一歩として重要な施設だ。特に転生者にとって、この世界や魔術についての知識があるかどうかで、冒険者になるか否かが大きく変わるだろう。


「なっ! そりゃ儂にとっては願ったり叶ったりじゃが……昔のように賑わうことは夢に近いぞ?」

「ああ、構わない」

「そうか。……しかし……な? その……非常に言いにくいことなのじゃが」

「使用料だろ?」


 このような場面を想定して、コートにある物を忍ばせていた。

 こうも早く使うことになるとは思わなかったが、致し方無い。


「これは……海竜の鱗!」


 ポケットから取り出したのは、わずか二十センチ四方の青い板。表面が艷やかで独特の光沢を放っている。


 老人は目を見開き、わなわなと唇を震わせた。


「よくご存知で。高位の水属性武器を作る必需品であり、水属性魔術をほぼ完全に無効化する鱗だ。正真正銘の本物で、百歳を超える大人から取った鱗はそうそうない」

「大人の鱗だと……! これだけで一体何年働かずに過ごせるか知っておるのか?」

「知っているとも。使用料はもちろん、借金返済し、余生も楽しく過ごせるだろう。どうする?」

「喜んでお貸ししよう! もしお金に困ったら儂に言ってくれ。罪悪感を覚えるくらいの額になるのは目に見えておるからの」

「ありがとう」


 老人の震える手の上に、俺は海竜の鱗を置く。


「しかし、このような貴重なものはどこで……」

「詮索は必要か?」

「いえ! 滅相もない……」

「冗談だ。冒険者の友人から貰っただけで、盗品や偽装品ってわけじゃない」


 本当は俺自ら取ったものだが、正直に言うと騒ぎになる可能性もある。なぜなら、海竜はクネイトゥラ島周辺にしか生息しないからだ。そんな場所へ立ち入れる冒険者がいたとしたら、間違いなく英雄として崇められるだろう。


「あの……ウラボスさん、結局ここの鍛錬場は使えるんですか?」


 ミツがぴょこんと顔を覗かせ尋ねる。

 話し合いに夢中ですっかり忘れていた。


「使えるとも。なあ、爺さん?」

「ああ。異論はない。自由に使ってもらって構わん」

「やったあ! ええと……」

「儂はヘイデン=ダウランド。この通り儂は体が老いて、魔術指導からも長い間離れてしまった。だが、出来ることがあれば遠慮なく相談しとくれ」

「ヘイデンさん、ありがとうございます!」


 直角に体を曲げて、頭を下げるミツ。

 ヘイデンもぺこぺこ頭を下げながら、鍵で門の鎖を外した。


「さ、行きましょう!」


 ミツはそそくさと敷地に入り、鍛錬場へと歩き出した。


「ちょ、おい! ……ったく、マイペース過ぎたろ。ヘイデン、礼を言う」

「何を言いますか。例を言うのはこちらですとも」

 

 ヘイデン=ダウランド。

 金で動く傭兵気質な人間は何かと使える。

 念押ししておこうか。


「友人に、鱗二枚目も頼んでみるよ」

 

 ヘイデンの目の色が明らかに変わり、ペコペコと下げる頭の振りがより大きくなる。なんとも分かりやすすぎて笑いそうになってしまう。

 この街についても詳しそうだから、仲良くしておくに越したことはない、か。


「ウラボス先生、はやく!」

「分かった分かった」




 鍛錬場の中は、意外にも綺麗な状態で保たれていた。

 黄土色のフローリングには目立った傷もなく、艶もまだ残っている。壁に掛けられた剣や槍も錆や刃こぼれはなく、定期的にメンテナンスしていることが明らかだった。


 きっと少しでも高く、少しでも早く売れるようにすぐ使える状態を保っていたのかもしれない。ヘイデンが単に綺麗好きだという可能性もあるが。


「結構広いですね。学校の体育館並です」

「タイークカン……?」

「あ、私が元いた世界の鍛錬場みたいな場所です。といっても、魔術が無い世界なので運動するための建物なんですけどね」


 と、今ミツがさり気なく重要な言葉を口にした。


「ミツは〝転生者〟だったのか」

「そうなんです。と言っても、半年前に転生してきたんですけどね」


 ここがはじまりの街であり、冒険者を目指す以上転生者である確率の方が高い。改めて考えてみれば、彼女が転生者でない確率の方が遥かに低いであろう。


 しかも魔術の存在しない世界から来たかなり〝レア〟な転生者のようだ。転生によって呼ばれる人間は、どうしてもこの世界と存在が似通った世界の生まれであることが多いらしい。


「ねえ、先生! 早速私の力を見ていただけませんか?」

「いいだろう」


 そんな未知の世界から来た人間がどのような力を見せるか、考えただけでもゾクゾクする。

 それに……彼女を鍛錬場の、いや、この街の看板娘にしようと俺は決めていた。若い女性が冒険者として活躍したとなれば、老若男女問わず、ビビっている冒険者志望どもの腰が軽くなるだろう。


 ミツは鞘を付けたままの短刀を、俺に向かって構えた。


「勝利条件は、互いの体に一撃を与えることにしようか」

「分かりました」

「ただ……普通に戦うだけではつまらないから、何か勝つと得られるものがあった方がよいか」

「得られる……もの?」


 少し不安げになるミツ。

 そりゃそうか。勝負事で男から女に賭けを申し出る場合、ろくでない場合が多いだろうからな。


「俺が勝てば、優先的に俺への手伝いをしてもらいたい。このセニルをはじまりの街として再建するためにな」

「うーん、何だかあまりウラボスさんにとって利益がないような……勝ってもやりますし……別にいいですけど……」


 釈然としないミツだが、それはそうだろう。別に俺は勝って何かが欲しい訳ではない。


 俺の目的はこの鍛錬場を再開させることではなく、セニルをはじまりの街として機能させることだ。

 鍛錬場の再開ではなく、一番優先度が高いのはあくまではじまりの街の再建。ただそれをミツに認識して欲しかっただけだった。 


「……私が勝てば?」

「その時は何でも欲しい物をやろう。先程の金になる鱗でもいいし、武器でも防具でも。うんと強いやつを上げよう」

「金……! ホントですね? 男に二言は無いですね?」

「ああ」


 人は欲や感情が大きな行動源となる。

 それはすなわち、魔術の強さとなる。


「では……どこからでもかかってこい。別に鞘なしの刃を振っても構わんのだが?」

「そこまで舐められるなんて心外ですね。私はこの半年間、ただのんびりと鍛錬場探しをしてた訳じゃないんですから!」

読んでいただきありがとうございます。

今回はシリアス成分抑えめな、ほのぼの比率高めな話になるかもしれません(予定は未定)


次の更新は2月1日です。

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