成宮海月
セニルの西崖と東崖を、崖上で繋ぐ唯一の橋……アードルフェ橋。
白に染まる新しい街を睥睨する、古きセニルのシンボル。
手すりにもたれ掛かり、物憂げに街を眺めているのはこの街を救った少女だった。
「どうした、ミツ。浮かない顔をして」
俺が近づくと、ミツははぁと小さくため息をついた。
「私、自分の考えを信じて、想いの通りに動くことが大切だと思ってました。転生する前の私には決してできなかったことだから……でも、それが正しいのか分からなくなりまして」
「いつにも増して、難しいことを考えてるな」
「笑い事じゃありません。私はもう、取り返しのつかないことをしてしまったのですから……」
やはり気にかけていたのは、ロードリックをその手で葬ったことか。
「何が正しいか……なんて問いは、永遠に解決しない。価値観によって、立場によって、性格によって全然違うからな」
「では私は……」
「自分を信じればいい。それが無理なら、信頼できる人に聞いてみろ」
ミツは俺の方へ顔を向け、数度瞬きする。
「……俺は、正しいと思っている。俺と同じでセニルを守りたかったのだろう? 夢を抱く転生者のためになることをしたかったんだろう? それなら、間違いではない」
「そう……ですよね!」
ミツの顔がぱっと輝く。
「この世界で初めて自分の意志で選択したと言うなら、迷うことはたくさんあるだろう。それは誰だって同じだ。だから、迷うことは恥じらいでも、誤りでもない。悩んで悩んで……それから、自分の〝正しい〟を見つければいい」
偉そうなことを言っているが、自分の行為が正しいかどうか悩んでいるのは俺の方だ。
俺はこの世界に干渉し過ぎるべきではない。だからミツにだけ関わるようにして、変革はミツからリオノーラ、ダイゴを通じて行おうとしていた。
だが、そのミツが変わってしまいかけている。本人の無意識下で、存在そのものが変質しようとしている。
「やっぱり、ウラボス先生は頼りになりますね」
「俺はただ少し、ヒントを与えただけだ」
「またまたご謙遜を! でも、いずれは先生に頼らなくてもいい冒険者にならないといけないですね。私の意思で、自身を持って、私の道を進めるように」
ミツは橋の手すりから体を離し、俺の右手を両手で包み込む。
「これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしますね?」
「ああ、こちらこそ」
ミツが笑顔を浮かべた背後で、一瞬それが見えたような気がした。
漆黒より黒く、闇より禍々しい……黒い翼を。
こちらで最終話となります!
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