戦いによって齎された物
「何で私達がこんなことをしないといけないんでしょうねぇ」
「……とっても、同意」
「ここまで荒れた地を戻すとは、人間にしては荷が重すぎるのよな」
「ま、ウラボスさんの指図なんだから仕方ないよね。僕はこれはこれで楽しいと思うけど」
数刻前までロードリックが暴れていた東の森で、テオファニア、ネナ、ヴァーツラ、リュリュの四人が修復を行っていた。森の大部分が岩石の瓦礫によって荒れ地に成り果ており、魔術を駆使して瓦礫を運び、植物の治癒を行っている。
「こんなにも見晴らしのいい狩り場と、身を潜める瓦礫がたくさんあれば、厄介な魔物が住み着く可能性が高いんですよねえ。生態系の急激な変化は自然界に良くない……だからって、私まで手伝わなくても良かったんじゃないですかねえ? ねえ、ウラボスさん?」
瞬間移動魔術で出現した俺を出迎えたのは、テオファニアの不満気な声だった。
「別に一人で綺麗にすることもできるが、あまりに強力な魔術を使えば、魔王に気づかれるだろう? それに、手が多いほうがすぐに終わると思ったのだが」
「言い訳はちゃんと準備してきたんですねぇ。別に構いませんよ。あの人たちにまかせっきりにするよりは、安心できますから。あ、それはともかく……」
テオファニアは俺のそばに立ち、半目で睨みつけてきた。
「ああいうことはもうしないでくださいね? 私はあなたのやり方に口を出すことは極力避けたいと思ってますが……自然圏調整者として、今回は度が過ぎていました」
「ちょっと待ってくれ。一体何のことを言っているんだ?」
テオファニアが何を指摘したいのか、全く分からない。森を壊してしまったことなら素直に謝るしかないが……。
「ミツちゃんに魔力を分けたことですよぉ?」
「一体どうしてそれがダメなんだ?」
「……百五十年前にも説明したんですけどねぇ……」
こほんと咳払いし、指でとんとんと俺のみぞおちを小突く。
「私達魔物にとって魔力は血なのですよぉ? 種としての性質、属性……ありとあらゆる情報が魔力には含んでいます。……ということは?」
「ミツの魔力が、俺の魔力に影響され変質するとでもいうのか?」
「正解です。簡単に言えば、裏ボスが二人になるんですよねぇ。もしその二人が戦うことがあれば……間違いなくこの星は耐えきれないでしょうねぇ」
テオファニアは朗らかに言っているが、目が笑っていない。
ま、万が一そうなったとすれば、力の大半が封印されている俺が一方的にぼこされるだろうがな。
「ま、あくまで例えの話です。ただの人間があなたほどの魔力に耐えきれると思いませんし。ただ、最悪のケースを考えてしまう性格なもので」
「分かった。次からはしないようにする」
「話が早くて助かります。あ、あともう一つ……」
テオファニアは俺の横に立ち、耳打ちする。
「〝その体〟であまり無茶しないでくださいよぉ? あなたの死は、それも生態系を大きく変化させることに繋がりますから」
「……何のことだ?」
「私の目は誤魔化せませんよ。他の三人は気付いてないようですけど……ま、バラすつもりはありませんから、安心してください。私が望むのは自然界の調和だけですので」
クスクスと笑いながら、テオファニアは瓦礫の方へ戻っていった。直接口にはしなかったが、俺が魔術を使えないことを確信している。魔王に気取られることを理由にしていたが、やはり再生魔術陣を借りたことで気付かれたのだろうか。
もしバレるとしたらテオファニアだとは思っていたが……心臓がバクバクと早鐘を打ち、冷や汗がどっと吹きでる。
「……おはなし、終わり?」
「あ、ああ。何か用か? 褒美なら後で落ち着いてから、な」
動揺していたせいか、ネナの声にもびくりとしてしまった。いつものことであるが、気配を殺して側に立たれるのは心臓に悪い。
まさか、先程の会話が聞こえてただろうか? それとも、ネナも俺のことに気が付いて……
「……テオファニアに、盗られると思ったから」
少し拗ねたような声で、ふいと顔を背けた。
「そんなわけないだろ。っていうか、別にお前のモノだもないからな?」
「……素直じゃない」
思わずネナの頭を撫でてしまう。
「なあ、ネナ」
「……なに?」
「ネナから見て、ミツは成長したと思うか?」
ネナはぷくーっと頬を膨らませた。
「……またあの子の話……べつにいいけど」
「ミツに指導した師として、聞きたいんだ。今回、アイツの活躍でロードリックを倒した。」
「それだったら……」
ネナは目を伏せた。
彼女には珍しい〝躊躇い〟の感情。何でもずけずけと言ってのけるネナが、言葉に詰まるとは一体――
「あの子は……危険。底が見えない……あるじさまと同じ」
「俺と?」
「うん。特に……あの戦いの後」
ネナもそう感じるということは、やはりミツは変わっているということか。魔物が見るのは魔力。魔力の性質が……俺のそれに近づいてきてしまっている。
「……でも、私のほうがあるじさまに相応しい」
「ああ、そうだな」
「っ!」
真っ赤になって顔を俯けるネナの横で、俺は空を見る。清々しい青空の広がる東の方に、濃い色の雲が伸びてきていた。
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次が最終話になります。投稿は今週の金曜日です。よろしくおねがいします。