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望まぬ奇跡

 この世界は狂っている。


 ロードリック=チェスタートンがそう思ったのは、二十歳過ぎて間もない頃だった。決して賢い訳でもなく、魔術の才能に秀でた訳でもない。だが常に上を向き努力を重ねた結果、王都の公務員に就職する事ができた。


 貴族や王族を相手にした公務員は、段違いの給料でリストラなどもない。将来が約束された夢のような職場……な筈だった。


 彼の人生をどん底にまで突き落としたのは、ある貴族とのいざこざであった。気に食わない店長が働いているからと、ある居酒屋を取り壊すための捏造書類を出してきた。


 ロードリックは当然反対した。国で定められているあらゆる法律にそぐわない書類であり、何よりも、彼自身のプライドが許さなかった。たとえどれ程の金を見せつけられようが、決して折れなかった。


 それによって貴族はロードリックに無実の罪をなすり付け、権力をもって有罪判決にしたてあげた。持っていた財産をほぼ全て失い、家族にも逃げられてしまった。


 だがそれだけでは終わらない。

 失意の渦中にいたロードリックに、貴族はある田舎町の長になることを推薦した。非人道的な薄給だったが、誠実に働けば罪も許されるだろうという呪いの言葉を付け加えた。


 ロードリックは反対することができない。ならば、与えられた〝物〟を最大限に利用して、生きてやろうと決意した。例え何人騙し、何人の人生を苦しめようとも……。


 この世界は狂っているのだから。





 どくんと足元が大きく脈打った。

 まるで世界そのものが何かに怯えたような、驚いたような揺れだった。


「っ! 今のは一体……?」

「はっ、何か奥の手でも隠してやがったか?」


 二人はこの揺れが何らかの術だと思ったのか、横たわる巨岩兵に向けて構えを取る。


『……許さない……この世界を……許さない……』


 ロードリック町長の憎悪が空間を埋め尽くす。

 言葉ではなく、意思そのものが訴えかけてくる。彼の今まで積み重ねてきた感情が溢れ出している。


 何が起きているか、俺はようやく理解した。

 もうアイツは町長としての立場など微塵もない。思念だけで動こうとしている。


「ロードリック! もう辞めろ!」


 巨岩兵に駆け寄り、何度も力強く殴る。痛みが腕に跳ね返るだけだと分かっていても、少しでも止まる可能性があるのならやらなければならない。


「何があったのかは分からない。だが、人の身を捨ててまでやることじゃないだろ!」

「先生! 町長さんに何が起きてるのですか? 私も何かできることがありますか?」


 慌てて駆け寄ってきたミツ。

 彼女の溶解液なら巨岩兵の肌を溶かし、本体を露出させられるかもしれない。

 

「ロードリックが、魔術そのものになろうとしている」

「人が魔術になったらどうなるんですか?」

「残りの人生全て賭けて得た膨大な魔力は、目的を達成するまで止まりはしない。おそらく今回は……セニルを容赦なく破壊し尽くすだろう」 

「そんな……」

「とりあえず、岩を溶かして本体を露出できるか? 本体がどこにいるか分からないから、手足の先から徐々に溶かしてくれ」

「やってみます!」


 ミツが手をかざすと、四つの魔術陣が展開する。

 それぞれ巨岩兵の手足のある位置に出現し、毒が滝のように放たれる。火を当てた氷のように岩は溶けていく。


「そろそろ腕と足が溶けきるか。なら本体はやはり体の中央に――」


 不意に、右肩に鈍い痛みが走った。

 岩石で出来た細長い槍が、俺の右肩を貫通していた。何の音も気配もなく、目を瞬いた僅かな時に起きた。


 俺の背に伸びた槍から更に槍が生え、そしてまた槍が生える。俺を指した岩をミツに溶かしてもらい、際限なく広がる岩から距離を取る。


「ありゃ、茨だな……。何度貫いても、他の場所からまた生えやがる」

「完全にお前の技の影響だな。こんな厄介な術を生み出した罪は重いぞ?」

「まじかよ! ってか、俺のせいなのか!? 勝手にパクってるあいつが悪いんだろ!」


 ダイゴは何度も砂による拘束を試みるが、別の場所から際限なく槍が伸びる。ミツも何度も毒で溶かすが、別の場所から生えてくるだけだ。


「で、あれはどうしりゃいいんだ? ぶっ壊しても本体まで辿り着ける気がしないんだが」

「私がやります」


 ミツが双剣を構え、伸びてくる岩槍に備える。


「どうやって攻略するっていうんだよ?」

「私の〝罪毒〟を使います」


 その言葉だけでダイゴの顔が引きつった。


「ああ……あのおっかねえ術な。あれって、人間が対象なんじゃないのか? しかも、本人を剣で切らなきゃ発動しないんじゃないか?」


 自分の経験した毒の苦痛を、直接神経に叩き込む神経魔術。ダイゴを一撃で昏倒させるほどの威力を持つ。


「いや、一理あるな」

「どういうことだよ?」

「今ロードリックは、術そのものになっている。言い換えると、ロードリックの精神そのものが魔術の発動原理となり暴走しているわけだ」

「なら、岩に攻撃したら、本体に攻撃したことと同じになるってことか!」

「ああ」


 しかし、懸念点が無いわけではない。

 〝罪毒〟は瞬間的に、莫大な魔力消費が発生する。その結果、極度の披露が体を襲い、ミツの気を失わせてしまう。ダイゴに使った程度でも倒れたのだから、暴走した魔力体を相手に使用すればどのような副作用が待っているか分かったものではない。


「……私はやります。私は、私のためなら命を賭けられる」


 俺は思わず固まってしまった。

 ああ、その考えは悲しくもあの男と同じだ。自らの目標のために、たやすく化け物になれる。


「なんで俺は、そんな馬鹿を気に入ってしまうんだろうな」


 彼女の隣に立ち、小さな右手を握りしめた。


「ひゃっ! せ、せんせい……?」

「魔力供給をし続ける。これで、一気に魔力が減ることもなくなるから、気を失わずに済むだろう」


 俺は魔術だけでなく、魔力も大半が封印されている。けれど、ミツの潜在魔力に比べれば遥かに多い。先の鍛錬で、使えるようになった魔力が増えたのもあるが。


「でも……」

「ただ、どれだけ魔力を持っていかれるか分からんからな。せいぜい、三回が限度だろう」

「違います! 私に触れていたら……先生も……!」


 罪毒の発動条件。

 やはり、発動した瞬間にミツと、或いはミツの持つ物に触れていたものを無差別に対象とするのか。


「大丈夫だ。俺はそれより酷い地獄を百年味わってきたんだからな」

「……分かりました。分からないですけど、セニルを変えた先生ならきっと……大丈夫です!」


 ぎゅっと、握る手に力が入る。


「〝罪毒〟」




読んでいただきありがとうございます!

次の更新は2019/05/31です!

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