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悪夢のような過去の夢

 黒一色に塗りつぶされた世界。

 その中心に二人、剣を向けて立っていた。


 一人は、白銀の髪を持つ騎士。

 抗魔力の性質を持つ黄金色の鎧を身に纏い、空間を切り裂くと言われる光粒子で形成された聖剣を手にしている。十代半ばである筈なのに、物怖じせず堂々とした態度から幼さは一切見られない。


 もう一人は、自分。封印される前の……魔力を存分に扱える時代の自分だ。


『まさか……ここまでやるなんてね。〝裏ボス〟の異名は伊達じゃなかったんだね』


 澄んだ彼の声が、空間全体に伝う。


 半分以上の鎧が欠け、右腕に負った深い傷からは耐えず血が流れている。どう見ても満身創痍な勇者は、何故か笑みを浮かべていた。まるで今この絶体絶命の状況が、楽しくて楽しくて仕方ないと感じているようだった。


 彼の背後には、五人の仲間の死体が横たわっている。その上であんな顔を浮かべているのだから、俺は久しく〝恐怖〟という感情を覚えていた。


『君はまだ無傷に近い……。でもね〝僕がまだ生きている〟以上、 有利であることには変わりないよ』


 勇者は戦う前から言っていた。

 僕が生きている間は常に有利である、と。


 そんなわけあるかと俺は一蹴した記憶がある。

 彼は確かに、今まで戦った人間の中で一番強い。だが、実力差は一目瞭然。


 俺は作戦が悪いと勇者に糾弾した。

 仲間五人と力を合わせて、一気に畳み掛ければまだ勝機はあった。勇者ほどではないが、化け物じみた才能と技術を持つ魔術師ばかり揃っていたのだから。


 であるにも関わらず、バラバラに攻撃を仕掛けてきた。一対一の戦いを、四回繰り返しただけだった。


 舐められているのかと思った。全員で挑まなくても勝てると、見くびられているのかと思った。


『彼らには〝自らの手で魔物を滅ぼしたい〟という強い思いがあった。それを尊重しただけだよ。それから何度も言うけど、それも勝つための手だったんだ』


 いつの間にか勇者の剣が、漆黒に染まっていた。

 何の魔術の予兆も見られず、魔力が動く気配すら感じなかった。今まで見たことのない不気味な力に、僅かながら体が強張った。


『〝裏ボス〟さん、見せてあげるよ。人の感情によって生まれる奇跡と、人生という唯一無二の莫大な代償によって生まれる暴力を!』


 そこから数秒もせず、俺は勇者たちの行動を理解した。

 すべてはこのための犠牲だった。俺に負の感情を最大に向けたまま死ぬことで、勇者は規格外の力を手にした。


 だから勇者は最後に生きてなければならなかった。負の感情の器となるために。だから他の四人は最初に死ななければならなかった。おそらく勇者以上に、魔物へ負の感情を抱いていたから。


 負の感情に飲み込まれた勇者は人ではなくなっていた。

 俺を殺すための殺戮兵器となり、殺意を持った魔力の塊と化した。肉体という檻を破り、五感という縛りを解き、死の恐怖を超越した。


「待て! 勇者よ……たった俺を殺す程度で、人の身を捨てる気か! 貴公なら俺を殺せるに値するというのに、自ら貶めるつもりか!」


 俺自身の言葉が、頭に響き渡る。

 勇者は力を温存していた。この悍ましい力に全てをつぎ込むため。もし勇者が本気なら、もっと対等に渡り合えたろうに。


「僕には……よく分からないや。ただね、君を倒すために死に至った者の使命を背負わなきゃいけない。それが僕の制約なんだ」


 勇者は人としての最後の言葉を、笑顔で語った。


 勇者だった魔力の塊は呪詛魔術へと変わり、俺の体を蝕んだ。五人分の魂と負の感情が膨れ上がる呪詛に対抗することは叶わず、百年の眠りと魔力回路を始めとした身体機能の封印へと至った。


 それからは地獄のような日々だった。夢の中で憎悪の炎に何度体を焼かれただろう。憤怒の剣に何度体を抉られただろう。


 夢の中で俺は再認識することになった。

 人間の持つ底なしの〝闇〟……それが如何に恐ろしいかを。

 



「……さん……ウラボスさん!」


 うっすらと目を開けると、リュリュが必死になって体を揺さぶっていた。


「どう……した……?」


 声が霞んで、うまく言葉にならない。あの夢で汗をかきすぎたのか、喉がからっからだった。全身から汗が吹き出ており、軽く目眩もした。


 目覚めてから、初めてあの日の夢を見た。曖昧な記憶しか残っていなかった筈なのに、かなり鮮明な夢だった。


「あいつが……町長が動き出したよ。セニルの外で大掛かりな魔術陣を構築してる」

「そうか……」


 頭を押さえながら、ゆっくりと体を起こす。

 昨日は夜遅くまでミツと鍛錬して、疲労のあまり倒れ込むようにベットで寝たことを思い出した。


「狙いは分かったのか?」

「おそらくね。悪意どころか……殺意が溢れ出してるよ。早く行かないと、取り返しがつかないことになるよ」

「分かった」


 窓の外を見ると、まだ日が登る前の空が見える。

 セニルが激変する……いや、させる一日が始まろうとしている。


「さて、行くとしようか。この街を停滞させる楔を抜きに、な」

読んでいただきありがとうございます。

ついに最終章です。あともう少し、お付き合い頂ければ幸いです。


次の更新は来週月曜日です

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