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はじまりの街と冒険者志望の少女


 閉じている瞼の外から強い光を感じる。ほんのりと視界に赤色が広がり、瞼を超えて視神経に刺激を受けていた。

 転移術が終わったのに関わらず、俺は暫く目を開けずにいた。  


 心が異様に昂ぶっている。


 あの暗くて無音の洞窟から外に出たのが、百年ぶりだったからかもしれない。久しぶりに、人間に会うからかもしれない。

 それとも……百年経ち、変わった世界に対して期待と不安が入り乱れてるからかもしれない。


 しかし目を開けずとも、ここが外であることは五感が嫌でも教えてくれる。


 肌には綿より柔らかくて心地のいい風が、包み込むように撫でてくれる。鼻にはどこかで作っているのであろう食事の匂いが、耳には人間の雑踏や喋り声が子守唄のように響いている。


 おっと、味覚は感じてないか。

 だが、それも時間の問題。百年ぶりの食事を、数刻経たぬうちに味わうことになるのだから。


 一度深呼吸したあと、意を決して目を開いた。

 目を傷めぬよう、ゆっくりとゆっくりと……慎重に。


「……ここがセニルか」


 そこは、俺が想定していたようなはじまりの街とはかけ離れた〝美しい街〟だった。


 道や壁を作る煉瓦と立ち並ぶ家の全てが、白一色だった。かといって無機質な雰囲気はなく、不思議な暖かさを感じる。まるで雪化粧しているような美しさであった。

 家の並びが綺麗に整備され、おしゃれな街灯が規則正しく道端に並んでいる。


 一言で感想を述べるなら〝はじまりの街っぽくない〟だった。


 道行く人々から、冒険者を志しているという雰囲気を感じない。服装も冒険者用のものではないし、会話の内容も日常的なものばかりだ。もしかしたら、転移した場所がたまたまそうなのかもしれない。そう思って、とりあえず歩くことにした。


 そもそも転移したこの街がセニルでないのかもしれない。そう思いすれ違った数人に尋ねてみたが、やはりこの街はセニルで正しいらしい。


 しばらくして、ひらけた場所に辿り着いた。大きな広場の先に、腹の高さほどある立派な柵が見える。近付くと、思わず感嘆が漏れるような絶景が目に入った。


「ほう。ここは渓谷にできた街なのか」


 眼下には十メートル強ほどの垂直な崖があり、崩れないよう土砂固定の魔術式が刻まれている。谷を挟んだ反対側にも同じような作りになっている。


 崖下は五メートルほどの大きな川を真ん中に据え、街が広がっている。商店街を始めとして店が建ち並んでおり、崖の上よりも賑やかな雰囲気だ。川下の方には畑が見え、川上の方には三階以上ある大きめの建物が軒を連ねていた。


 あくまで推測だが、崖上部は人間が住むための地域で、崖下部は仕事場としての地域に分けているのだろう。

 白一色の街並みといい、明確な職住分離といい、作り手の人間性が全面に出ている。


 統一性の取れた街だが、二つだけそぐわないものがあった。


「〝崖を繋ぐ大橋〟と〝川の上に建つ城〟か。あの二つだけ妙に浮いてるが……あれらだけ百年単位で建設時期が違うな」


 崖上を繋ぐ唯一の橋は巨大なアーチ型で、見るものを圧倒する荘厳さを感じる。白を貴重とする街並みに対して、あの橋だけは古風な趣のある茶色であるのも存在感を際立たせる要因だろう。


 そしてもう一つは川の上にそびえる城。城と言っても、高さ4階建てのアパートと同じくらいの建物で、決して外装も豪華というわけではない。だが、似たような建物が多いこの街で、異質なように感じた。色も橋と同じく年季を感じる茶色をしていた。


「ま、見てるだけじゃ何も進まないか」


 俺は身を翻して、崖下へ降りる階段へと足を運ぶ。

 地を掘って作られた階段だが、やはり上下左右白色で統一されている。渓谷という悪環境に、これほどまで綺麗な街を作り上げるには、巨額の費用がかかったであろう。


 ただ如何に豪華にしても、住みやすい街にしても、冒険者が排出されなければはじまりの街としては無価値である。


 というわけで、崖下に降りてすぐ、鍛錬場を探し始めた。

 

 鍛錬場とはその名の通り冒険者として鍛錬を行う施設である。魔術や魔物の知識・技術の獲得を始めとして、冒険者として必須の素養を得る重要な施設である。冒険者の排出率が悪い直接の要因として、まず調査すべき場所だろう。


 と、俺は探し始めて間もなく、一つの鍛錬場の前で足を止めた。


 この街には似合わない黒い門。その奥には鍛錬用の広場があり、その奥には平べったい建物がある。五十人ほどであれば同時に鍛えられるであろう鍛錬場だが、人っ子一人おらず、門には太い鎖が巻き付けられている。


「閉まってるのか」

「閉まっているのですか」


 俺のぼやきが誰かの声と重なる。

 ふと右を見ると、小柄な少女が俺を見上げていた。


「えっと……あなたも冒険者さん志望なんですか?」


 くりくりとした大きな紺の瞳が俺を見上げる。

 水色の髪が特徴的な少女は、白いローブに身を包み、腰には短剣を括り付けている。ローブからは細々とした腕が見え、魔力強化の腕輪を付けている。

 可愛らしい雰囲気だが、彼女の目には冒険者になりたいという光が宿っている。この街で一度も見なかった、前を向いている光が。


「……俺はその冒険者の指導者を目指していて。どこかの鍛錬場でできればと思ったのだが……」

「そうなんですね! でもこの街の鍛錬場はほとんど閉まってます。空いてたとしても、片手間にやっているようなところばかりで……あまり身にならないというか」


 少女は俯き、悲しそうな声を漏らした。


「おかしいな。ここは〝はじまりの街〟なんだろう? 鍛錬場がそこまで廃れているっておかしくないか?」

「私もそう思いました。けど、それが現実で……他の街に行こうにも歩きでは遠いですし、馬車は高いですし……」


 これは想像よりも由々しき事態だ。

 鍛錬場の質がどうではなく、そもそも鍛錬場が機能していない。いや、もしかしたら……セニルが〝はじまりの街〟であることを放棄しているのかもしれない。


「なら、ここに転移してきた人たちは? 冒険者になれなかったとして、何をしてるんだ?」

「この街で楽しく二度目の人生を送ってるんです。きれいな街ですし、空気も水もきれいで、人も良くって……私もなんだかんだ半年過ごしちゃってます」

「なるほどな……だからか」


 やはり足を運んで正解だった。

 この街の冒険者排出率を上げるには、かなりのてこ入れが必要だろう。


「あの……もしこの街で鍛錬場を先生になったら、私を一番弟子にしてください!」


 不意に少女は俺の隣で頭を下げた。

 初めて会った身元不詳の男に頭を下げなければいけない程、切羽詰まっている。彼女の態度が、今のセニルの実情なのだろう。


「一番弟子って……大袈裟だな。でも、教わりにくるのは大歓迎だ。ま、鍛錬場が見つかればの話だけどな」

「はい! ありがとうございます!」


 顔をぱっと輝かしい、ぴょんぴょんと可愛らしく跳ねた。


「あ! 私はミツと申します! よろしければ、先生の名前を教えてもらってもいいですか?」

「いや、まだ先生じゃないって――」


 ふと、俺は何と名乗れば良いべきか分からないことに気付いた。

 もともと俺は〝名前〟という概念のない場所で生まれていた。クネイトゥラの魔物には〝主様〟という敬称でしか呼ばれていない。


 はて、何と名乗るべきか……。

 確か人間は俺のことを何て呼んでいたとガーゴイルは言っていた? つい先程聞いたはずなのに……記憶力にも衰えが生じてしまっているのか。


「えっと………裏……ボス……?」

「ウラボスさんですね! あ、ウラボス先生でしたね! あらためてよろしくおねがいします」


 なんだかへんてこりんな名前になったが、まあ良しとしよう。要は個人を判別するための記号になればいいのだから。


「ああ。よろしくな、ミツ」

この作品の舞台と、ヒロインの登場回です。

安心安定の水色髪っ子です。


次話は1/31の朝に更新予定です。

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