町長に物申す
渓谷にあるセニルは、夕陽が直接街に差すことはない。だからこそ、空だけが綺麗な橙色に染まっていく様子は神秘的に見えた。
「ロードリック町長にお会いしたいのだが」
役所が閉まる時間の僅か前に、俺とダイゴは紙一枚を持って乗り込んだ。既に役所は閉める準備を始めており、俺たちに邪険な目が向けられていた。
受付にいた男性は、俺達の姿をちらりと見て紙に何かを書き込んだ。
「構いませんが……ご要件は?」
「ギルド民営切替申請書の提出だ」
「承知しました。確認いたしますので、少々お待ちを」
男は頭を下げ、裏へと入っていった。
ダイゴは俺にだけ聞こえる声で耳打ちする。
「会えると思うか?」
「ウラボスさんは弱気だな。もし自分に絶対の自信があるなら、会わない理由がないだろう」
しかし、俺の印象ではロードリック町長はさほど強気な性格だとは思わなかった。むしろ、堅実に攻めていくような性格だと思ったが……
「お待たせ致しました。最上階でお待ちとのことです。私がご案内させて頂きます」
受付の男性の言葉で、ダイゴは小さくガッツポーズした。
俺の見立てが正しかっただろ、と言わんばかりに。
俺は肩をすくめて、二人の後をついていった。
最上階にある町長室は、多数の書物に囲まれている。本棚以外の家具は椅子一脚と机一台、そして卓上の灯り一つだけである。
ロードリック町長は腕を組みながら、俺たちを穏やかな表情で出迎えた。
「どうも、ウラボスさん。今度は貴方から足を運んでいただけるとは……何かご用事で?」
「ああ」
俺は机の上に、一枚の紙を置く。
「これはギルド民営切替申請書ですか。私は貴方に、派手に動くなとお伝えした筈ですが?」
「国が、街が……転生者のために何もしないなら、俺らがした方がいいだろう。実績は出しているし、支持も得ている。ロードリック町長が指示を出すまでもなく、この街は〝はじまりの街〟として蘇る」
「……なるほど。貴方には何を言っても意味ないみたいですね」
ロードリック町長は申請書を持ったと思うと、半分に破る。
「ですが、残念ながら受理しかねます。この街の平和を……均衡を崩させるわけにはいきませんので」
「ほう……」
ダイゴが初めて口を開いた。
ロードリック町長は、興味深そうな目で見つめてくるダイゴに、眉をしかめた。
「そういえば、貴方はどちらさまで?」
「俺はこいつのおまけみたいなもんだ。ところで、今破った申請書の〝原本〟は、王都行きの運送屋に運んでもらってる途中だから、安心してくれ」
「なっ……!」
ギルド民営切替申請書は、本来国に対して直接出す申請書である。普通ならば、町長を経由して国に申請させるのだが……実はその流れについて法律の規定がない。
というのはダイゴの話だったのだが、ロードリック町長の顔を見る限り、嘘はなかったのだろう。
「しかし見ず知らずの人間から送られてきた申請書を、国が受諾するわけが……」
「こんな辺鄙な土地に、巨額の補助金を送らなくて済む。そう考えれば、受諾しない理由はないだろう?」
ロードリック町長の表情が徐々に怒りに歪む。
「お前は、ウラボスさんに転生者全員、戦うことを望んでいないと言ったならしいな? だが、実際はどうだ? 機会と場所を作った途端に、転生者が集ったと聞いているぞ」
「……貴方たちは分かっていません。平和を維持する難しさを!」
ついに怒りを顕にし、机を叩きつけながら立ち上がった。
「武力を高めるだけで平和は訪れない! 人は力という麻薬を手に入れたとき、暴走しやすくなる。人が本当に恐れるべきは力なのです! 力は完全に制御している王都に任せればいい。私たちがやる必要はない!」
息を荒げるロードリック町長に、ダイゴが僅かに気圧される。
彼の言い分が分からないわけではない。クネイトゥラでも度々問題になるが、どれほどまで高度な知能を獲得した生命であれど、自らの力を暴走させる輩は少なからず存在してしまう。
「中の均衡を優先するか、外敵の対処を優先するか……完全な意見の相違だな。これはきっと交わることのない討論になるだろう」
俺はダイゴの肩をぽんと叩いてから、身を翻した。
「だが、申請書はもう出している」
「分かっています。こちらもそれ相応の対処をさせて頂きますので」
ロードリック町長は、もう話すことはないと言わんばかりに椅子に腰を下ろし、机上の書類に目を通し始めた。
交渉決裂。ロードリック町長とは、真正面からぶつかる道しか残らなかった。彼の心は俺の想定以上に頑なで、一切の揺るぎがなかった。
「ところどころ、あいつは言い返せなかった。自分の中ではある程度の矛盾を知った上で、それでも今の体制を維持しようとしているんだよな。俺にはさっぱり分からん」
役所を出た俺たちは、街の中央わ流れるエシュ川のほとりで町長とのやり取りを省みていた。
「人間の心というのは簡単には読めないからな。兎にも角にも、ロードリック町長に言葉は届かないということだけは分かった。それなら……強硬手段に出る以外手はない」
「ところで――」
ダイゴは手すりにもたれ掛かり、目だけ俺の方へ向ける。
「――どうして俺も連れて行った? 別にお前一人でどうとでもなっただろうが」
「俺一人じゃ、ああはならなかった」
曇り空を映し、濁った水面を見つめてため息を付いた。
「真意かどうかは別として、ロードリック町長の本音を垣間見ることはできた。それは……ロードリック町長がムキになり、感情を顕にしたからだ。そうなったのは間違いなくダイゴの言葉が響いたからだろう」
「大袈裟だろ。俺は思ったことを言っただけだ」
「だからいいんだ」
自分の感情を言葉に乗せ、おもいのままをぶつけたダイゴ。
だからこそ、ロードリック町長も感情を見せてしまったのかもしれない。
「無意識に人を動かす才。たとえ少人数であれ、組織をまとめたリーダーシップ……俺には無いものだ」
「……いきなり褒められると気持ち悪いんだが」
ダイゴはバツが悪そうに顔を反らし、くしゃくしゃと頭を掻く。
「この話はヤメだ。で、これからどうするんだ? アイツの次の手は分かってるのか?」
「今は分からない。だが、リュリュが絶えず監視している……数日の動きを観察していれば自ずと分かってくるだろう」
ロードリック町長は動かなければならない状況になっている。今までのように、ひっそりと指揮棒を振ればいいわけでもない。
「俺が一回でギルド民営切替申請書という単語を出したとき、受付含め誰も動揺しなかった。ということは、この件に関してロードリック町長の独断で動いてる可能性が高い」
「なるほど……!」
「それまでは暫く〝待ち〟の状態だな」
ダイゴは手すりを思いっきり突き放し、大きく伸びをした。
「俺は何が起きてもいいよう、部下を街中に配置しておく」
「頼む。ロードリック町長には気取られないようにな」
「ああ。任せろ。ところで……ウラボスは何をするんだ?」
「〝最終調整〟といったところか」
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