セニルに隠された存在意義
「……で、私に話を聞きに来たというわけね」
ペトリュスの奥にある事務所のソファーで、リオノーラは小さくため息をついた。
ロードリック町長とのやりとりを、掻い摘んでリオノーラに説明した。この街で生まれ、ずっと生活している彼女は快く思わない可能性もあった。
だが、どちらかというとリオノーラは〝やっぱり〟と言いたげな諦観の表情を見せていた。
「それにしても、よく町長を相手にしようと思ったものね」
「セニルは街全体で変わるべきだ。転戦者も、この世界で生まれた者も、冒険者も、そうでない人も……町長もな」
「それに関しては同意だけど……初心者狩りをわざわざ倒しにいったことといい、あなたのすることは凡人にはできないことばかりね」
「そんなことはない。それより、ロードリック町長がどんな人物か知っておきたい」
リオノーラは紫色の髪をかきあげ、天井を見つめる。
「私も別に仲が良い訳ではないし、仕事の話を少しするくらいだから、あなたの知りたいことは知らないかもしれないわよ。たしか元々、王都の役員だったって話は聞いてるわ」
「……この国だと、王都から地方への派遣はどういう扱いなんだ?」
「〝左遷〟よ」
俺はため息をつき、頭を手で抑えた。
この国のセニルに対する扱いが、あまりにも酷すぎる。機能しないはじまりの街になるまで放置した挙げ句、左遷する役員を町長にした。
「つまりあいつには、左遷をするだけの理由があるというわけだ」
「一緒に働いてる分には、特に左遷されるような人だと思わないのよ。真面目で無口、勤勉家で物知りだから……表に出てないだけかもしれないけど」
必要以上の感情や言葉が出ない分、彼の狙いや本質が掴みにくい。リオノーラもこれ以上彼について知らないなら、ここで得られる情報はもう――
「すまねぇ! 遅くなった!」
事務所のドアが勢いよく開き、ダイゴが息を荒げながら入ってきた。
「あなたは……?」
「こいつはダイゴ。元転生者で、つい最近まで初心者狩りのリーダーをやってた男だ」
「……そんな人を手懐けるなんて、ほんと不思議な人ね」
ダイゴは近くの壁にもたれ、はっと鼻で笑った。
「渋々だ。俺もこんないけ好かない男の下にはいたくない。だが……仲間を人質に取られている以上、やむを得ない」
「人質だなんて人聞きの悪い。仲間の夢を叶えてやろうって言っただけだろう?」
「それを人質だって言ってるんだろうが」
今にも飛びかかってきそうな勢いでガンを飛ばしてくるダイゴに、俺は両手を上げて降参の意を示した。
「……わかった、人質で構わない。それはそうとして、ダイゴに聞きたいことがある」
「適当に流したな……で、急ぎで呼び出した上に聞きたいことってのは何なんだ?」
「知っての通り、セニルははじまりの街として機能していない。その原因を一緒に探ってほしいんだ。この世界でいろんな街の転生者に目をつけていたお前だからこその観点で、な」
なにか具体的な回答が出るとまでは思っていない。
ただ、俺がまだ見つけられていない着眼点が見えればそれだけで十分だと思っている。
「なるほどな。だが、俺に答えられることはそう多くは無い。それでも構わないなら、考えくらいはしてやろう」
セニルの現状、そして、ロードリック町長について包み隠さず話した。
言葉とは裏腹に、腕を組みながら真剣に話を聞くダイゴ。所々で顔が険しくなり、嫌悪感のようなものを抱いているように見えた。俺に対してではなく、会話の中に登場したロードリック町長に対してだ。
「……どこにでもいるんだな、そういうバカは」
「何か分かったの?」
「分かったってほどじゃねえよ。よくあることだからな」
ダイゴは窓に歩み寄り、大きく開いた。ポケットから煙草を取り出し、火を付ける。
「あのー、ここ禁煙……」
「細かいことは気にするな。頭を回すには、こうするのが一番なんだ」
不服なリオノーラを横目に、ダイゴは大きく煙を吸い込み、外に向かって吐きつけた。微かに煙草特有の鼻につく臭いが部屋の中に漂う。
「おそらく、その町長の目的は補助金だ」
「補助金だと……?」
「国は一定した戦力を補給し続けるために〝はじまりの街〟に補助金を出している。あいつはそれを横領しているんだ」
リオノーラは何かに気づいたのか、目を大きく開いて顔を上げた。
「もしかして、あえて転生者を外に出さないのは……」
「補助金の額は、主にその街が何人の転生者がいるかによって決定する。だから、転生者の召喚をし続け、街に居続けさせることができたなら、絶えず増える収入源となるだろうな」
ロードリック町長にとって、この街は金のなる木というわけだ。ならば、俺の行動を阻害したいと思うのは当然のことだろう。
「じゃあ、なぜギルドを国営でやっている?」
「その他に、街が転生者を支援する建物や組織を運営すれば、その周囲に応じてプラスで補助金が得られる。その中でも一番額が大きいのが……ギルドだ。例え従業員一人だろうと、ギルドを運営さえしていればいいのだからな。実績があれば補助額は更に増えるらしいが……そうでなくても、十分な利益にはなるだろう」
つまり、ギルドも金のためだったというわけだ。ロードリック町長にとって転生者が外に出ること、ギルドが民営になることはマイナスでしかない。
「しかし、国はこの実態を把握してないのか? いわば、国の金が横領されているんだろう?」
「把握しないだろうな。国にしてみれば……いや、王都にあるギルドの収入に比べれば些細な損害だ。むしろ、はじまりの街を存続させるためには多少のことならば無視するだろう」
王都にあるギルドは、王族や貴族とした上流階級を相手にしているため、桁外れの利益があるらしい。
「ま、国としてはどのような形であれ、ギルドさえあればいつでも有事に対応できると思っているんだろうな。俺からしてみりゃ、見当違いも甚だしいがな」
生真面目な顔をしておきながら、本性では金に目が眩んだ愚かな人間だったということだ。
俺は彼を協力者にしようと考えていたが、辞めたほうが良さそうだ。自分の利益を第一に考える人間など信用できる筈もない。
「理屈は通るわね。けど、なんか不思議と悲しくならないわ。あなた達がギルドを盛り上げてくれているから」
「だが、ロードリック町長が声を上げればテオファニアはこの街にいられなくなり、ギルドも元通りになってしまう。それを阻止するためのギルド民営切替申請書なんだが……」
民営にさえしてしまえば、町長権限でギルドの活動を制限されることはなくなる。
だが、ロードリック町長が素直に受け取るとは思わない。ロードリック町長の弱みを握って脅すしか手はないか。
「なんだ、その紙を知っていたのか。ならば話は早い……そのクソ町長に叩きつけてやろうぜ」
「どういうことだ? ロードリック町長は素直に受け取るとは思わないが?」
「俺にいい考えがある」
ダイゴはとびっきりの笑みを浮かべ、タバコの火を手のひらにこすりつけて消す。
「俺はお前みたいなスカした奴は嫌いだが……権力と金にしか目のない奴はもっと嫌いだ。だから、協力はしてやろう」
「助かるよ、ダイゴ。俺はお前のこと気に入ってるんだがな」
「嘘をつけ」
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次の更新は5月10日予定です。