町長の苦言
「ここの責任者……いや、ウラボスさんはいらっしゃいますかな?」
低くしわがれた声で、中年の男性が門の外から訪ねてきた。
小さな篭手やすね当てなど最小限の鎧と、装飾控えめな白の服を着ている。たしかその服は、この国の役員や小隊長が着る服だったような気がする。
「俺がウラボスだが?」
「貴方が……! はじめまして。私はロードリック=チェスタートン。セニルの町長を務めております」
恭しく頭を下げ、白髪が混じったグレーの髪が目に入る。
顔の皺や肌の状態から、歳はおおよそ五十後半といったところか。
「先日は初心者狩りを討伐してくださりありがとうございます」
「どこでそれを?」
「リオノーラ嬢から話を聞きました。その他にも、この街のために色々動いてくださっていると」
リオノーラという言葉が出てきたときに、一つのやり取りが脳裏に浮かんだ。
〝私は……これなら……本当にギルドの職員として……〟
〝……でも……国の役人が……〟
彼女が懸念してい役人とは、この町長のことだろうか。
「大したことはしていない」
「そんな謙遜なさらず。あ、そういえば、一つ相談したいことがありまして……」
あたかも今思い出したような口ぶり。
最初からその〝相談〟とやらが一番の目的なのだろうに。
「相談とは?」
「転生者を下手に刺激してもらわないで頂けますでしょうか?」
丁寧に、けれど、有無を言わさぬ圧を含んでいる。
俺は少し驚いたそぶりをした。
「つまり……転生者が冒険者になるための支援をするなと?」
「仰るとおりです。今は昔とは違います。大きな戦争も起こらず、魔王軍もほぼ停滞状態。そのような世の中で、無理に冒険者にするように促すのは辞めていただきたいのです」
予想しなかった言葉に、俺は言葉に詰まってしまった。
理屈は分からなくもないが、はじまりの街を治める町長が言うセリフだとは思えない。けれど、この街やギルドの状態を作った人間なのだとすれば、彼の口から出る言葉として違和感はない。
「また近頃、セニル周囲の魔物が活発になっております。おそらく冒険者志望の輩が手を出し刺激しているからでしょう。この街には魔物避けの結界が張っているとはいえ、百年を超える古い魔術……いつ機能し無くなってもおかしくありません。そこで、自重してもらうよう言ってもらえますか?」
たぶんそれは俺やリュリュが、度々周囲の魔物にちょっかいを出しているからだろう。といっても、それはテオファニアの命令で増えすぎた魔物の数を調整していたからである。
俺からしてみれば活性化ではなく、魔物の行動圏が若干変わっただけである。セニルに近付いたり、結界を突破しようとしている個体は一切見かけていない。
「まず一つ目……勘違いしているようだが、俺は何も冒険者になることを促しているわけではない。単に機会を与えているだけだ。何を選択するかは本人次第だろう?」
「それはそうですが……」
「そして魔物についてだが、過敏になりすぎだ。少々刺激しただけで、この街を襲来するようなことにはならない。そもそも街の周りにいる魔物は単独行動している奴が多い。魔物避けの結界に負担がかかるような、多数の襲来はありえない」
畳み掛けるように反論を並べる。
反論、というほどでもないか。単に町長が考えすぎで、そこまで過敏になることはないというだけだ。
「っていうか、魔物のことはギルドに依頼を出せばいいんじゃないか? 今のセニルなら、何人か魔物を倒せる奴がいると思うが」
「……それは……そうですが」
町長の歯切れが悪くなっている。
俺は何もおかしいことを言っているとは思わない。魔物に関する問題は、ギルドに投げて解決するのが当然の流れではないのだろうか。それとも、ギルドに頼ることができない何かしらの理由があるのだろうか。
「そういえば、俺からも聞きたいことがあったんだが……質問しても?」
「……ええ……どうぞ、構いませんよ」
木陰から出た俺は、彼の隣に立った。
「この街セニルははじまりの街であるに関わらず、冒険者をすすんで排出しようとしていない。なのにも関わらず、ギルドを存続させていたのは何故だ?」
ロードリック町長の呼吸が、僅かに乱れる。
初めてギルドに訪れた時から疑問に思っていた。街にギルドを作らないといけない法律は存在しない。
戦争時や、魔王支配地の近隣にある街なら話は別かもしれないが。
「状況が変わるかもしれませんから。いつ再び戦乱の世が訪れていいよう、完全にギルドとしての機能を停止してはいないのです」
先程は大きな戦争もなく、魔王軍も停滞していると言っていたのに……どうも話の辻褄があっていないような気がするが。
「なるほどな。しかし、それならばやはり冒険者を排出すべきなのではないか? 魔王軍が攻めてから急いで冒険者を育てたところで、間に合う筈もないだろ?」
冒険者だけではない。ギルドや冒険者の店も、緊急時にすぐ体制を整えられる筈もない。
「私は冒険者の排出を反対していない。ただむやみに扇動をしないで欲しいと言っているのです」
俺は言い返そうとして、やめた。
ロードリック町長は現実を知らない。魔王軍が攻めてきた時、どれほどの戦力が必要なのか。対魔物の結界破りに特化した魔物も存在する以上、頼れるのは冒険者の腕だけだ。
「……近々、ギルド民営切替申請書を出すつもりだ」
「なっ!」
ギルド民営切替申請書。
その名の通り、本来国が運営しているギルドを、国民の運営に切り替える申請書だ。
国営ギルドの場合、国からギルド運営資金が絶えず貰えるが、色々と制約が存在する。一番肝になるのが、国の所有である以上、政治に携わる人間の意向に沿わなければならないということだ。つまりロードリック町長の命令があれば、せっかく貼りだした依頼をすべて白紙にし、密かに置いていたテオファニアを追い出すことが国の権限をもって施行できる。
民営に切り替えれば、運営者の自費負担になるが、そういった国の命令を受けずに済む。
「そんな財力……ある訳が……」
「ギルドに訪れる転移者が徐々に増えてることは知ってるだろう? このペースでいけば、遠くない内に安定した収益を出せるだろう。それまでは、あの手この手で乗り切らないといけないが」
ロードリック町長の顔が青白くなっていく。
「どうした? ギルドが盛り上がれば、はじまりの街としての質は向上し、来訪者の増加が見込める。そうなれば街にとってもプラスな筈だが……?」
彼が何を狙い、考えているかは分からない。だが、はじまりの街として活性化させることに抵抗を覚えている。本来であれば逆な筈なのに。
「……とにかく。あまり急な行動は起こさないで下さい」
気迫のない捨て台詞を吐き、ロードリック町長は踵を返す。彼の立ち去る背はかなり小さく見えた。
「ははっ。ねえ、あの人なに?」
鍛錬場の門の影に潜んでいたリュリュが、笑いながら飛び出してきた。俺が隠れるよう仕向けたわけではなく、会話中にふらりとやってきた。
ということは……
「あいつは〝クロ〟か」
「うん、真っ黒だね。ウラボスさんへの怯えの中に、焦りと企みが蠢いていたよ。昼寝しようとしてたのに、思わず惹かれちゃうくらい怪しい人だったなぁ」
リュリュはくすくすと微笑み、ロードリック町長が去った方を見つめている。
「もう捉えちゃった……どす黒い悪意。どこにいても僕には把握できる」
ロードリック町長のような激しい感情を抱いている者であれば、絶えず場所を把握することができる。
「相変わらず便利な力だ」
「あ、主様気を付けてね。頭の切れない、けれど感情的になりやすい人間は……追い詰められたら何をしでかすか分からないから」
「ああ、分かっている」
別にロードリック町長と戦うわけではない。
できることなら彼とともに、この街を盛り上げたいと思っている。仮にも町長となった男なら、政治面から街を支えてくれる筈だ。
そのためには、ロードリック町長の真意を見極める必要がある。
役所の人間は彼の息がかかっているとして……事情を聞けるとしたら、リオノーラだけだ。
「ペトリュスに行ってくる」
「僕もついていきたいところだけど……ここで見張りをしてるよ」
「助かる」
俺のことをよく思わない町長が、不在中に何を仕掛けてもおかしくはない。
「あの胡散臭いおっさんの話、聞けたら僕にも教えてよね」
「ああ」
読んでいただきありがとうございます!
次の掲載は5月7日(火)です。
少し空きますが……その間に書きだめと、すでに掲載した文の修正をしたいと思います。