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罪毒

 ウラボス先生が敵の刃に刺され、倒れた。

 私にとってその一瞬が、限りなく長く感じた。


「えっ……」


 状況が呑み込めたのは、刃に先生の鮮血が伝うのを目にしてからだった。私の剣に一度たりとも遅れを取ったことのない先生が、壁から伸びている剣に貫かれている。


 剣が消えるとドスンという音と共に倒れ、血がじわじわと床を伝う。小さく呻き声を上げているため、即死ではないけども……数分も持つとは思えない。


 先生が油断していたと言われたら、否定はできないかもしれない。けれど、私がしっかりとトドメを刺していればこのような事態にはならなかった。


「せん……せい……」


 容赦なく首を跳ねていれば……溶解の属性を付与した剣を最速で突き出せば、避ける気の無かったあいつを確実に刺せた。例え地面に砂の剣が仕込まれていたとしても、刺し違えることは十分に可能だった。


 甘かったのは自分。

 目に見える情報が全てだと判断し、優位に立てたと驕った結果だった。


 魔術はそんなに単純なものでは無い。〝溶解〟のような目では分からない性質を付与でき、砂の剣のように仕込まれた武器を予備動作なしで発動させる事ができる。だが今更気付いたところで、先生の傷は治らない。


「さあて、それじゃあお前にもアイツと同じように倒れてもらおうか。その短剣……見たところ高価そうな魔剣じゃねぇか。額によっちゃ、俺ら全員一年遊んで暮らせるかもしれねえなぁ」


 この世界では自分の足で、自分の思うがままに歩けた。自分の行きたい方角に歩き、立ち止まりたいときに立ち止まり、走りたいときに走れた。


 当たり前だけれども尊い〝意思〟を持って行動できた。


 けれどこのままでは、この男に自由を奪われかねない。

 昔みたいに、鎖で雁字搦めにされたような生活には戻りたくない。


「あん? 何黙ってるんだ? 抵抗しなさ過ぎるのも萎えるってもんだがな」


 どうすればいい?

 今の自分では何もできない。

 一度〝溶解〟を見せた以上、対策を講じているだろう。

 水流による高速移動が直線のため、動きを先読みして壁や床から剣を出現させるのは容易なはず。


 けれども……


「……たい」

「なんだって?」


 ――与えたい。

 ――罰を与えたい。

 ――懺悔する気も起こさせない罰を与えたい。


 どうやって?

 いや、私は知っている。

 罰の与え方……罪の償わせ方なら知っている。

 死を懇願する程の激しい苦痛を知っている。


 それは今まで思い付きもしなかった行為だが、何故かできる気がした。いや、確信があった。


「てめぇ、さっきから何を――」


 一振り。


 振り向きざまに、静寂で躊躇ない一閃。

 掴みかかろうとしたダイゴの腕に、掠り傷が入る。


「なんだ、がむしゃらになっても俺は――」


 だがそれで十分だった。


「〝罪毒〟」


 ぽつりと、無意識につぶやいた。

 それは詠唱でも、術名でも何でもない。


 かつて人生に絶望し、その生涯を強制終了させた薬品の名前なのだから。


「――――っ!!」


 ダイゴは言葉にならない悲鳴を上げ、のた打ち回る。全身の神経を直接握られ、引き千切ろうとする激痛から逃げようとしている。目を大きく見開き、喉を掴み、涎を垂らしながら口をパクパクしている。


 ミツは淡々と自分の短剣を見つめる。


「やっぱり私らしい魔術でしたよ……先生」


………



「ネナ!」


 一部始終を見ていた俺は、慌ててネナを呼び出した。

 床から大きな根が突き破り、根に腰をかけたネナが現れる。


「……やっぱり……あるじさまは、わたしがいないと……あれ、怪我――」

「俺はいい! それよりこの男、〝精神魔術による汚染〟にかかっている! すぐに治してくれ!」


 ダイゴはまだ激痛に呻きながら、床を転がっている。大きく目を開き、よだれを垂らしながら、何かを求めるように腕を伸ばしている。このままでは精神が壊れ、廃人になってしまう。


「……強引なんだから」


 ネナの右腕から細い根が伸びて、ダイゴの体に張り巡らされる。植物の根が持つ〝吸収〟という性質を利用した魔術で、対象に掛けられた魔術を吸い出すことができる。


「っ……結構、強い」


 ネナの顔が歪むほどの魔術を、ただの人間がかけたというのか。にわかに信じられないが、それは紛れもない事実だ。

 しかし、数秒も立たぬうちにダイゴは落ち着きを取り戻した。


「さすがだな。ネナにも治せないのかと思った」

「……そんなことない。けど、この力は普通じゃない」


 魔力切れで気絶したネナへと目をやる。


「自分の経験した出来事や痛みを投影させる精神魔術。きっとミツは……もしかしたら、自分の人生を終わらせた時の苦痛、または、人生が破壊された時の苦痛を与えたのかもしれない」


 でなければ、あんなおぞましい魔術は発動できない。本人は気付いてないだろうが……この屋敷を覆い尽くすほどの膨大な魔力を有していた。それは俺すら驚愕するほど、濃くて禍々しい魔力だった。


「ったく……人間はほんと恐ろしいな」

「……あるじさま……けが、してる」

「あ、そういえば」


 あまりにもミツの魔術に気を奪われ、自分の腹に穴が空いていたことを忘れていた。意識した途端、耐え難い苦痛が意識を吹き飛ばしかけた。


「俺も治してくれないか?」

「……体液、呑ませてくれる?」

「この前あげたばかりだろう? あと言い方変えてくれ」

「じゃあやらない」

「分かった分かった! やるから! 血液を!」

「むー……不服だけど、仕方ない」


 ネナの根が俺の方にも伸び、傷口を覆うように絡みつく。

 ズキズキと響いていた痛みが徐々に和らぎ、傷口が塞がっていく。ミツの根による自然治癒力の強化は、相変わらずの完成度だ。


「……あるじさま……」

「どうした?」

「……いつもなら、自分で回復するのに……どうして……」


 ネナの不思議そうな視線に、俺は思わず顔を反らしてしまった。

 確かにあの程度の傷ならば、自分の魔術で瞬時に回復できた。そもそも魔術障壁によって、怪我なんか負わなかっただろう。だがそれは全盛期の話だ。


 まだ勇者に掛けられた封印で満足に魔術が使えないと、ネナにバレるわけにはいかない。もし俺がネナより圧倒的に弱いと知られたら、何をされるか想像もつかない。


 首を傾げていたネナは、はっと何かに気付いたかのように口を開けた。


「……もしかして……甘えん坊さん? わたしに治して欲しいから、わざと怪我をしたの?」


 んなわけあるか、と即答しかけたが……ここは何を犠牲しても話に乗るしかない。


「あ、ああ。ネナの回復は気持ちいいからな。百年ぶりに味わいたくなったんだ」

「……ふふっ……やっぱり……」


 取り返しのつかない弱みを握られたような気がしたが、秘密を守るためには致し方あるまい。

読んでいただきありがとう御座います。

次は4月15日更新です。

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