ミツの初陣
初心者狩りのアジト……三階。
三階の大部分を占める部屋の中で、俺とミツは一人の男と対峙していた。
「お前が〝ダイゴ〟か?」
険しい顔つきに、広い肩幅、筋肉が盛り上がった四肢……伊達にボスと呼ばれていない巨躯の持ち主だった。部屋の奥に置いているベージュのソファにふてぶてしく座り、まるで品定めするような目で俺たちを見ていた。
物言わさぬ威圧に、ミツの腰が少し引けていた。
「……で、お前らは何者なんだ?」
「セニルの報復、とだけ言っておこうか」
葉巻に火を点け、ふうと白い煙を吐く。
敵を眼前にしてるとは思えない、堂々たる態度。武器も手にせず、すぐには動けない深く座り込んだ状態を維持している。
それほどまでに、彼は戦い慣れしているということなのだろうか。
「ふん。あんなできそこないの街にも、俺らに挑む奴らがいるなんてな」
「あの街は変わろうとしている。出来損ないから、世界有数の〝はじまりの街〟として変わろうとな。だから……初心者狩りという存在は無視できない」
「ああ、それはそうだ。全うで違いない正論だ。だが、はいそうですかと頷く俺らじゃない」
「だろうな。話し合いじゃ、解決はできない」
俺は数歩下がり、壁へともたれ掛かる。
変わりに、二振りの短剣を持ったミツが前へと出る。
「おいおい、冗談だろ? お前じゃなくて、腰の引けたひよっこを前に出すのか?」
「それで十分だからな」
「……舐められたものだな」
ダイゴはのっそりと、立ち上がった。
ヴァーツラほどではないが、180近い背丈はミツを萎縮させるには十分だった。
ここに来るまで、何体か魔物を倒させた。動きは申し分ないが……死が迫る恐怖と、そして、初めての対人間戦でどこまでやれるか。
お手並み拝見といこうか。
「言っておくが、俺は容赦しない。相手が誰であろうが……特にこの世界に綺麗事を抱く愚か者にはな!」
ダイゴは床を蹴り、ミツヘ接近する。
今までの所作からは考えられない高速の動きに、一瞬彼の姿を見失っていた。空に黄土色の魔術陣が展開し、ダイゴはそこから同色の剣を取り出した。
ミツも部屋全体にいくつもの水の魔術陣を展開する。
「はあっ!」
普通ならば警戒するであろう状況だが、ダイゴは迷わず突っ込んできた。
「っ!」
ミツは身を屈めて剣の軌道から外れる。そして、ガラ空きになった胴体に降りかかろうとした時だった。
「溶けろ!」
ダイゴの剣が、まるで高温を加えられた鉄のようにぐにゃりと曲がる。鞭のような細長い形状となり、ミツの足へと伸びる。
対しミツも魔術を発動し、水流で体をむりやり動かせる。
「ふっ!」
更に水流による高速の切り返しで、ダイゴの背後を完全に捉える。魔物との戦いでも有効だった、攻撃回避からのカウンター攻撃。ダイゴは体制を崩したままで、砂の鞭も誰もいない空間を掴もうとしている。完全に勝利へ繋がると思ったが、
「甘いな」
ダイゴの背中に、巨大な砂の甲羅が顕現した。巨躯を覆い尽くす厚い装甲が、ミツの不意打ちを完全に防いだ。
前方は砂の剣と鞭による変速攻撃、後方は甲羅の絶対防御。
初心者狩りのボスを名乗るだけはある。近接戦闘で彼を倒すのはかなり難しいだろう。
「硬い――」
ミツは間合いを取り、一旦息を整える。
鍛錬のときに話していたミツのが最も苦戦する相手……防御力の高い魔術使いが、まさか初戦の相手になるとは思わなかった。だが逆を言えば、ダイゴをもし倒すことができれば冒険者としてかなり進歩したことになる。
「――けどっ!」
再び水流に乗り、ダイゴの真正面へと躍り出る。
ミツの火力では甲羅の装甲をぶち抜けない。側面も覆いきっているため、自ずと戦略は限られる。
真正面から正々堂々と斬り倒す……それがミツの選択した戦略だ。
「面白いっ!」
「はぁっ!」
水流を駆使した斬撃の連打を、自由自在に曲がる砂の剣で応戦。
鍛錬時と遜色ない動きが出来ているミツの目に、弱気の光は消えていた。俺と出会う前から鍛え続けた積み重ねは自信となり、ミツの心の支えとなる。
そして、その猛攻に応じているダイゴも賞賛に値する。砂……土属性という性質上、素早い動きの魔術は得意ではない筈だ。だが、それを反射神経と経験による推測、そして細やかな魔術制御により防いでいる。
数分に及ぶ攻撃の応酬によって、変化が現れたのはダイゴだった。
「はぁっ……はぁっ……」
額には汗がにじみ、顔には苦悶が浮かんでいる。
歳のせいもあるだろうが……ボスとしてふかふか椅子にふんぞり返っているやつが、一日数時間の打ち込みをしているミツのスタミナについてこれる筈が無い。
「どうして……俺が……っ!」
半ばやけになりながら、力任せに剣を振るうダイゴ。だが、それでも防戦一方なのは変わらない。
「ならばっ!」
ダイゴはミツの剣を弾き、間を開けずに体の前にも砂の甲羅を顕現させた。剣では勝てぬと悟ったダイゴは、ついに攻撃を捨てて守りに入った。
「はははっ! これなら手も足も出ま――」
……今までのミツなら、確かに手も足も出なかった。
が、今のミツは違う。
「溶けて」
偶然にもダイゴの砂の剣と同じ〝詠唱〟――魔術を起動させるためのキーワード――を唱える。
剣に仄かに光り始め、青白い色から濃い紫色へと変色する。
剣を砂の甲羅に突き立てると、どろどろと溶けていく。
「な……に……」
ミツの毒魔術による〝溶解〟……なんとか完成したか。
とはいえ、ミツが溶かせるのは魔力によって生み出された物に限る。例えばダイゴの砂が魔力によって生成された物ではなく、実在する砂を操作する魔術であったなら、ミツは本当に手も足も出なかったであろう。
速攻の攻撃、そして、有無を言わさず相手を侵食する毒魔術。
これが、ミツの生み出した勝利への定石だった。
「勝敗つきましたね」
これ以上手がないなら、彼はミツを倒せない。
手があったとしても、息が上がり足が震えているダイゴに勝機が生まれることは――
「くっ………くくっ」
「何が可笑しいのですか」
「可笑しいさ。まさか俺がこんな小娘に負けるなんて夢にも思わなかった。面白い……面白いじゃないか!」
サクッと。
そんな音が聞こえた気がした。
「っ!」
ミツは驚愕に顔を歪めながら、俺を見ていた。
いや、そんな驚くことでもないだろう。これは完全に俺の油断だった。けれども、想定外というわけではない。
土属性の大半は近接戦闘型ではなく、罠設置型であることを忘れていた。あまりにもダイゴが自分の腕に自信があるような振る舞いをしているから……その可能性を露程にも考えなかった。
だからこれは単なる驕りだ。
「ミツ、敵を見ろ。まだ戦いは終わってない」
「でも!」
「なに、壁に仕込まれた砂の剣が俺の腹を貫いただけだろ?」
長さ二メートルに及ぶ砂の大剣に、赤い血が伝っていた。自分の血液を見るのも百年ぶりか。
激痛が体を走り、冷や汗が背を伝う。大剣が霧散すると、俺は重力に抗えず地に伏した。
「この部屋の壁、床、天井すべてに俺の魔力を仕込んでいる。別に今までも手を抜いてたわけじゃねぇが……久々に体を動かしたくなったんだよ」
ダイゴは舌なめずりしながら、ミツを見る。
「第二ラウンドだ。お前の素早さは、俺の仕込んだ罠も全て回避できるかな?」
よんでいただきありがとうございます。
なんとか予定通り更新できました。
次は12日(金)更新予定です。