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最高位魔族たちの指導

 その日は雲一つない快晴だった。


 仄かに暖かい日差しを受けながら、初心者狩りのアジトの外にいる男は大きな背伸びした。


「こんな平和な日でも巡回しろなんて、ボスは警戒心がほんと強いなぁ。非番の奴らに混じって、一杯呑みたいもんだ」


 その男は初心者狩りに加入してから、十年近く経つ古参の1人だった。彼は加入した当時から、この屋敷の警戒が厚すぎると毒づいていた。


 たった二十名で盗みしかしない初心者狩りより、捕まえるべき賊はいくらでもいる。どの街からも遠い場所にアジトがあるため、冒険者も気軽に攻め入ることができない。であるにも関わらず、絶えず三人以上巡回させている。


「罠魔術をいくつか張り巡らせときゃいいものを……ん?」


 と、男は足を止めた。

 数名の人間がアジトへ体を向けて立ち止まっていることに気付いた。

 遠目ではっきりと顔は見えていないが、二メートル近い背の高い者や、女性もいることから家族連れが迷い込んだのかと男は思った。


 隣国への大きな道から迷い込む人は極稀にいる。初心者狩りは、武器や道具を持つ冒険初心者のみを狙うことをモットーとしている。無関係の人間を狙った場合、ボスによる厳しい制裁の挙げ句、追放処分を受けるという厳しい罰則が待っている。

 迷い込んだ人は傷付けることも脅す事も一切せず、親切に誘導させろとボスに厳命されていた。


 だが、万が一初心者狩りを狙いに来た可能性もある。


「仕事だから言わないといけないかぁ」


 男は気怠そうに頭を掻きながら、家族の元へと足を向けた。


 刹那、視界をすべて覆うほどの眩しい光が襲いかかる。


「うおっ!」


 男は腕で目を覆うが、思わず蹲ってしまうほどの痛みを目に覚えていた。何が起きたか考えを巡らせることも出来ず、ただ痛みが過ぎ去るのを待っていた。


「……ったく……何が起きたんだ……」


 光が収まったことを確認しつつ、目をゆっくり開ける。まず視界に入ったのは、無傷の体と変化のない地面。ほっと安堵の息をつき、彼は顔を上げる。

 すると先程までいた家族の姿はどこにもなかった。自分たちの足で道まで戻れたのだろうかと思い、無意識にアジトへと顔を向けた。


「なっ……!」


 男は絶句した。

 一階のドアは荒く蹴破られ、二階と三階のガラスが大きく割られていた。考えられるのは、先程の光による攻撃。いや、正しくは攻撃しつつの移動か。


「まったく、仮にも初心者狩りなんて名乗るんだから少しは骨のある人もいるんじゃないかって思ってたけど……拍子抜けだよ」

「子供……か……?」


 不意に聞こえた声に、男は腰に身に着けていた剣を抜いた。

 何が起きているか全く理解できていないが、少なくとも敵襲を受けていると認識していた。


「やっと抜いたね。でも、遅すぎるよ。光の攻撃を受けた時点で、武器を構えて回避行動を取るべきだった。弱い者いじめしかしてないから……平和ボケしすぎたんだね」


 男の目の前に現れた少年は、笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。

 ただ歩いているだけなのに、じりじりと足が後ろへと退いている。


「他の人の応援を期待しても無駄だからね。あの人たちは、幻術ゆめの中で僕と戦ってるから」

「……何者だ?」

「でも君を幻に閉じ込めなかったのは……このままでも、少し楽しめるからと思ったからだよ!」


 少年は武器を持たず、素手で飛び込んできた。

男は臆することなく、少年を真正面から首筋へと剣を振る。


「いいね、その殺意!」


 少年はひょいと顔を反らし、剣の側面をデコピンで弾いた。

 まるで銃弾を受けたかのような衝撃に、手から腕へ衝撃が響く。辛うじて手から離れなかった剣だが、痺れで震えてしまっている。

 魔術で強化されているわけでも、何かしら見えない魔術が発動している様子は見受けられない。


「くっ」

「でも太刀筋が甘いね。いや、でも狙いは正確だったような……ああ、そっか。最近、まともに剣を振るってなかったでしょ?」

「うるせぇ!」


 男は何度も斬りかかるが、尽くデコピンで弾かれる。決して子供が相手だからと手を抜いている訳ではない。体を真っ二つにする軌道で、体全体で剣を振るっている。


「あはは! もっと攻めてきてよ!」

「化物め!」

「それ、僕らにとっては褒め言葉なんだよね!」


 そしてついに、剣が男の手から離れる。

 腕は疲労と衝撃により、使い物にならなくなっている。

 この少年の言う通り、最近鍛錬を怠っていた。自分より遥かに格下の相手を、不意打ちで倒すような戦いばかりしていたからかもしれない。


「だが、経験による差は変わらん!」

「へえ、そっか」


 少年は唇をぺろりと舌なめずりし、両手をゆっくり広げた。

 鮮血より赤い炎が、次から次へと浮かび上がる。ゆらゆらと男をあざ笑うかのように揺れる火の玉は、気付けば百を超えていた。


「なっ……」

「じゃあさ、見せてよ。おじさんの経験ってやつを、さ」






「なんと軟弱な……それでも賊を名乗っている者の実力か」


 初心者狩りのアジト二階。

 退屈そうな表情を浮かべる龍人の周りには、リュリュの言う通り五人の初心者狩りが立っていた。

 すでにそれぞれが何度も武器や魔術で攻撃を試みたが、傷一つつけられていない。


「あの自然霊王に〝魔術制限〟をかけられているというのに……それでもこの差か」


 クネイトゥラに住まう高位の魔物は、ほぼ全てが規格外の強さを持つ。

 一足外に出て力を震えば容易に生態系を壊せるため、テオファニアはヴァーツラ・ネナ・リュリュに魔術の使用を束縛する魔術をかけていた。

 魔力も本来の百分の一ほどしか使用することができないが、桁外れの防御力を持つ地脈龍の肌を持つヴァーツラにとって大した問題ではなかった。


「なんて奴だ……俺らの魔術が全く効かない」

「俺、ボスに報告してくる!」


 男は三階に上がる階段へと駆け出そうとしたが、足にヴァーツラの尻尾が巻き付き、地に伏してしまった。


「っ!」

「敵前逃亡などみっともないよな」


 足首を掴んだまま尻尾を上げ、男を宙吊りにする。

 男はじたばた暴れまわり、手に持っている剣で尻尾を切ろうとするが虚しく弾かれていた。


「逃げるのも戦略だが、背を無防備に見せる行為は死に直結するのよな。それも分からぬとは、よほどぬるま湯の中に浸かっていたとみえる」


 ヴァーツラは尻尾を思いっきり振り回し、男を壁に放り投げた。直撃した壁は崩壊し、瓦礫が追い打ちをかけるように男へと降り注ぐ。


「大丈夫か!」


 他の四人が急いで駆け寄り、瓦礫を避けて彼の安否を確認する。ヴァーツラは放り投げる前に魔力を男に纏わせてクッションを作っていたため、死ぬことは絶対にない。


「助けを求めるにしろ、逃げるにしろ……無防備に背を見せるのは評価できないのよな。だが、他の奴らが固まっている中、無謀に似た勇気を見せたのは嫌いではない」

「この野郎!」


 憤怒の形相で、仲間の一人が剣を翳す。絞り出された魔力が剣に集約され、溢れ出たエネルギーが衝撃波となり廊下を伝う。


「見事な魔術だ。しかし、その程度で我が身体に――」


 ガキッっと。

 剣が欠ける鈍い音と共に、ヴァーツラの頬の岩肌が僅かに削れる。


 彼の魔術に変わりはない。物質の強度を純粋に上げるだけの、何のひねりも面白みもない魔術。魔力も増大した訳ではない。

 だが予想を超えたのが、魔力圧縮密度。ヴァーツラと剣が交わる一瞬、それらが接する一点にのみ魔力が凝縮された。


 瞬時の魔力凝縮と維持は、熟練した魔術使いでも難しいとされている。


 しかし彼はそれを無意識に成立させた。


「面白い」


 怒りと恨み……そして殺意。負の感情が魔力を完全に支配した。


「あの時もそうだ。百年前……あの勇者の仲間も、同じ手で儂を敗北に導いた。これだから人間は飽きぬ!」


 ヴァーツラの右手に、青白い光が浮かび上がる。地脈龍としての力を解放し、正々堂々向き合うと決めた。今の彼らにはそれが相応しい。


 ウラボスとテオファニアからの説教は覚悟の上。


 人間の生み出す底無しの負は、ヴァーツラの首に届き得る。


「さあ来い! これ以上仲間を傷付けたくなければ……全身全霊を持って挑むが良い!」




 ヴァーツラが本気を解放するわずか前、初心者狩りのアジト一階ではすでに決着がついていた。


「……まったく……皆、ムキになりすぎ」


 ネナは一階に隠されていた宝物室で、盗品をしげしげと眺めていた。武器と道具だけでなく、宝石や貴金属など高価な装飾品も僅かながらに置かれていた。


 一階に配備されていた初心者狩りたちは、根で縛り付けられ身動きが取れなくなっている。魔力を吸収する能力が込められているため、反撃する術はない。


「……やっぱり……おかしい……」


 盗品の殆どはほぼ新品で、傷や汚れがあまりない。冒険初心者が使い熟す前に、一方的に奪うのだから当然ではある。


 だが、派手な装飾がついた武器にだけ争った傷や汚れが見られる。使い熟した傷というよりは、奪う際に争って出来た傷のように感じた。


「……もしかして……ここのボス、貴族に恨みが……」


 ネナは頭を横に振り、思考停止した。

 人間の事情など知ったことではない。ただ主より下された命を全うすればいいだけなのだから。


「……あるじさま……ご褒美、くれるかな」

読んでいただきありがとうございます。


予定よりだいぶ遅れてしまい申し訳ありません……

多忙のため暫く週一更新になるかもしれません。


とりあえず次の更新は4月8日(月)予定です。

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