悪意が蔓延る廃墟
セニルの東側に広がっている森をまっすぐ東に突き抜けると、南北に伸びる大きな道路へたどり着く。
南へ行くと、隣国への国境に近づき、北に行くと国の中心部へ向かう道へと合流する。もし冒険者がセニルを出るなら、この道路に出るのが一番楽なのだが……やはり道中に出る魔物がネックだと知ることができた。
魔物の強さというより、足場も悪く視界も悪い森は、冒険初心者からするとかなり不利な環境だった。ミツも何度か魔物に応戦させたが、非常に戦いづらそうだった。見通しが良く足場が真っ平らな鍛錬場だけで鍛錬をしていた弊害だった。
と、色々情報収集しているうちに目的地へと辿り着いた。場所は道路を少し北に進んでから、更に西に進むと岩肌を晒した山が見えてくる。その影の一角に建っていた。
「ここが初心者狩りのアジトだと思うよ。逃げた二人の魔力がここにあるし……ここの人間、素敵なくらいに悪意の塊だよ」
初心者狩りのアジトは、想像より豪勢な作りをしていた。三階建ての赤褐色を貴重とした外装で、窓の格子や屋根にひし形のデザインが施されていた。壁面の日々や汚れから相当な築年数であることは伺えるが、脆いとは感じない堂々とした佇まいをしていた。
周辺にも家の残骸のようなものがあることから、元々この辺りは小さな街だったのだろう。
リュリュは新しいおもちゃを眼の前にした子供のように、目を爛々と輝かせていた。
「構造と人の配置は分かるか?」
「一階に八人、二階に五人、三階に一人だね。三階にいる人が一番偉い人かな。あ、外に見張りが四人だね」
「合わせて二十人弱……冒険初心者を虐めるにしては、結構な数だな」
もしここにいる全員が、一気にセニルへ押し寄せたと思うとゾッとする。返り討ちに出来なくはないが、被害をゼロにして達成することは非常に困難だろう。
「……どうやって、近づくの?」
「真正面からでも、容易く突破できるのよな?」
うんうんと頷くネナ。
特に化物じみた力を持つヴァーツラとネナを止める事はできないだろう。
「駄目だよ。この人間たちには、もうセニルに下手なことができないって思わせなきゃいけないんだから。すぐ倒すんじゃなくて、力の差を見せつけないとね」
リュリュは悪魔的な笑みを浮かべながら、舌なめずりする。
「僕が魔術で屋敷までの道を作るから、ネナさんは一階、ヴァーツラさんは二階に行ってもらえるかな? で、ウラボスさんとミツさんが初心者狩りの頭を倒すまで、時間稼ぎね。あ、僕は屋敷の周囲にいる人たちを相手にするから」
冷静に見えて、一番リュリュが意気揚々としている。まあ、人間を惑わすことが好きな種族だから、仕方ないのかもしれないが。
リュリュはそれでいいよね?と言わんばかりの目を向けてきた。
「概ねリュリュの言うとおりでいい。第一の目的は初心者狩りの崩壊だが、ミツを成長させる類稀な機会でもある。強者との一対一で戦う時間を作って欲しい」
「承知した。我らは我らで、初心者狩りたちに指導するかの」
「……人間に調教……たまには、いいかも」
「ネナ、つっこまないからな」
ふと、ミツが先程から喋っていないことに気付いた。
二本の短刀を持つ手が、小刻みに震えている。
「緊張しているのか? さっき初めて魔物と戦ったとき、鍛錬通りいっただろう? それを繰り返せばいい」
「そうなんですけど……でも、私はさっきも、震えながら戦ってたんです。死と隣り合わせって……想像以上に怖いですね」
ミツの服の裾には、魔物の返り血が付いている。しかしそんなものが無くたって、喉元めがけて飛び込んでくる魔物の恐怖は、脳裏に深く刻みついたことだろう。
「相手が人間だと、私……戦えるか不安なんです。あの怖さを知ってるから……相手が私と同じ人間だから余計に――あいたっ」
俯きながらぼそぼそと弱音を吐いていたミツの脳天にチョップした。
「それでいいんだ。死や痛みに対して無感情になったら、それは化物と同じだ。俺らと同じ化け物とな」
そして、俺を殺すために化け物となったアイツとも同類になる。それだけは……二度とさせるわけにはいかない。
「だから、少なくともミツには人間のまま強くなって欲しい。人間ならではの強さは間違いなくある。ま、難しいことだけどな」
だからこそ、この場に連れてきた。
鍛錬だけでは知る事のできない〝死以外の恐怖〟を味わせるために。
「さあ、乗り込もうか!」
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