裏ボスの秘密
俺は肩をすくめ、両手を上げた。
「俺の宝を人質に取るとは……大したやつだよ」
うまく目を盗んでやりくりしていたと思っていたが……やはり、そう簡単には行かないようだ。この洞窟で百年に渡り平和を維持したガーゴイルなことだけはある。
「あまりに暇すぎて、我が友のレプラコーンから暇つぶしにと渡されたんだが……非常に面白くてな。特に〝転生者〟……異世界から訪れた人間の作る話は興味深い。読んでみるか?」
「結構です」
「そうか。残念だ」
人間を下に見ているのか、生産性の無い娯楽に過ぎないと思っているのか、この島の奴らはあまりマンガに興味を持たない。
俺にマンガを持ってきてくれるレプラコーンくらいだ。
「生産性はないが、マンガ……いや、芸術や娯楽は知的生命体としての進化の結晶でもある。それを無くすのは非常に惜しい」
「……そういうことにしておきましょう」
ガーゴイルはしぶしぶ納得したようだ。
「まさか貴方様あろうお方が、人間の書いた話に感動したり、紙面だけの存在に気を惹かれることなど有り得ませぬからな!」
「……そ、そうだな」
話をややこしくしないよう、俺はただ頷くだけに努めた。
彼の中で、俺は過剰なまでに高貴な存在として扱われている。が、俺は神でもないし、生態系の管理者というわけでもない。
見た目だって人間に相違ない。少し肌が浅黒く、髪と目がこの洞窟のように真っ黒なだけで、尻尾や羽が生えているわけでもない。
「それはともかくとして……もう一つ調査をお願いしていた〝はじまりの街〟についてだが、どこが一番てこ入れが必要だと思う?」
〝はじまりの街〟。
それは、地や空に流れる魔力の関係で、転生者を召喚しやすい場所にある街のことである。冒険者をサポートするための施設が多く建てられたり、無知な冒険者を殺されないための兵が配備されていることが多い。
「主様の推測通り、はじまりの街としての機能が疎かになっている街は多々ありました。その中でも〝セニル〟という街が顕著でした」
「具体的には?」
「端的に申しますと、はじまりの街の中でも、冒険者排出率が最低になっています」
つまるところ、転生してきたはいいが、冒険に出ず一般人として住み着いてしまっている、ということだろうか。
「街の半数近くが転生者とも言われているようです。国も問題視しているようですが……あまり動きはないようです」
「なるほどな……それはたしかに勿体ない」
冒険者になるだけなら、転生者でなくてもいい。
だが、転生者はこの世界の人間には出来ないことを成せる可能性がある。この世界にない価値観、思考回路、体組織……その結果、新たな法則性を持った魔術が生まれることだって少なくない。
魔術を知り尽くした魔王であれど、新たな魔術には対策しようもない。だからと期待されているのが転生者なのだが……。
ま、転生者といえど人間であることには変わりない。それに、誰しもが魔術に優れているわけでもないからな。
「座標は〝269.8:-48.5〟です」
「助かる。まずはその街に行き、改善の余地があるか探ってみるか」
俺が手を振ると、黒い光が渦を巻き始める。
そのセニルという街に行くための、空間転移魔術を発動した。
「もう行かれるのですか?」
「ああ。善は急げと言うからな。魔王もいつ攻撃をし始めるか分からないから、早めに行動するに越したことはないだろう?」
「……くれぐれも、人間には手をお貸しすぎないよう」
「分かっている。ほんと、心配性なやつだ」
っと、一つ忘れていた。
俺は明かりの届かない暗闇へと足を進める。
そして、膝を曲げてしゃがみ込んだ。
右手をゆっくり前へ伸ばすと、ひんやりとした何かに当たる。
「行ってくるよ、我が仇敵。暫しの間、孤独を我慢してくれ」
表面を指でなぞると、刻まれた文字の感触が指を伝う。
それは墓石だった。
自らの命と引き換えに、俺を封印した男の。
そして唯一、俺と友であった人間の。
「主様……」
「久しぶりの人間だからな。一種の決別だ」
俺は立ち上がり、転移魔術の近くに立つ。
「お気をつけて」
「ああ。留守は任せた」
そして俺は、渦の中に身を放り投げた。
と、かっこよく転移したものの、若干不安であったりする。
これはガーゴイルにも話していないが、俺へかけられた封印はかなり強力である。ほぼ全ての魔術が封印され、魔力も僅かながらにしか扱えない。完全に使える魔術は転移魔術と、非戦闘向きの魔術が1つくらいだろうか。
封印術全体を見れば、かなり解けている方なのである。そもそも自我の解放から始まり、意識覚醒、四肢の動きや五感を取り戻したりと、生物として最低限のレベルを取り戻すまで百年近く費やした。
そこからさらに魔術……体内魔力の貯蓄と、体全体を巡る魔力回路の復活を試みているのだが、これが難航してしまっている。
正直、今の俺ではガーゴイルは愚か、魔王……いや、上級魔物すら倒せることができないだろう。俺の側近がもし少しでも野心を持ち、俺の座を狙っていたなら……間違いなく命はなかった。
その点においては、ど真面目なガーゴイルに救われたところだろう。
というわけで、俺が出かけた理由の第二の目的は、封印術についての情報を得て、一秒でも早く全盛期に戻ることである。
しかしこればかりは、あの忠実なガーゴイルにも言えない。主の魔術が自分より劣っていると知られたら、どんな行動をするか分かったものではない。
「ま、なるようになるか」
俺は呑気に構えながら、到着を待つことにした。
第二話……裏ボスたる主人公の目的が語られる話です。
そんな目的がありながらも、
はじまりの街を育てるという新たな観点で話を
書いていこうと思います。
次の更新は、1/30の朝です。