はじまりの街に潜む悪意
「あなたの話に乗って良かったですよぉ。というわけで〝生態系回復のきざしが見えた記念〟として、水を一杯ご馳走しましょう」
「語呂が悪いな。って、水は金かからないだろ……」
俺とテオファニアは、ペトリュスのカウンターで横並びになって水を呑んでいた。誰もいなかったペトリュスのカウンターには、冒険者が十人は常にいる状態だった。大盛況、とは言えずとも十分な進歩だろう。
「あそこの魔物はプライドだの何だのって、全然協力してくれなかったんですよねぇ。ねぇ、ウラボスさん?」
「いや、俺は気軽に表に出たらいけない存在だから……」
「そうやってありもしない御託は聞き飽きましたぁ。人間でここまで出来るのだから、ウラボスさんなら一日も経たずに掃討出来たと思うんですけどねぇ?」
絶え間ない嫌味攻撃をするテオファニアだが、彼女は稀に見る機嫌の良さだった。自然圏調整者にとって、生態系の安定が存在意義であり、生命力でもある。
「それはそれとして、ギルドの方はどうだ?」
「ご覧の通り、人は絶えず訪れていますねぇ。私としては、もうちょっと賑やかにできると思ってるんですけど」
「そうだよな。こればっかりは待つしかないか」
鍛錬場でも、魔術を取得した転生者にはギルドでの依頼を勧めている。これもあくまで個人の意志であり、強制することはできない。
「そういえば、不思議な話を耳にしますねぇ。なんでも、依頼をこなす冒険者は増えても、外に出ようとする冒険者はいないだとか」
「何だって……?」
思わず手に持っていたグラスを落としそうになった。
「武器も買えて、薬も買えて、実践の経験も得る場所も作ったんだ。鍛錬場で魔術に関する知識も得ている。他に何が足りないって言うんだ?」
セニルを見て不足していたと思っていた要素は全て補ったつもりでいた。例え魔術に縁のない世界からの転生者であろうと、旅立つ事ができるまでの街にしたつもりだった。
確かに町の外に行くための馬車は、とてもではないが乗れる金額ではない。だが乗り物なんてなくとも、徒歩で外に出ることは十分に可能だった。
特に東の崖側にある森は、足元に日が通るほどの明るさがあり、ところどころに村が点在しているため、踏破の難易度が比較的低い。中級の魔物が出ると言っても、高度な魔術を使うことは一切なく、対策をしなければ倒せないような魔物はいない。
「私は興味ないので、そんな目をされても助けになれないですよぉ? あ、でもそういえば……〝初心者狩り〟の話を聞きましたねぇ」
「初心者狩り……だって?」
「私も詳しくは知らないですよぉ? 話している人間は一人だけだから聞き流したんですよぉ」
俺はこの街での記憶を手繰り寄せる。少なくともミツは、一度たりとも口にしていない言葉だ。
もしかしたら鍛錬場に来た転生者が口にしてたかもしれないが、記憶に残っていないということは聞き逃してしまったのだろう。
と、ペトリュスのドアが勢いよく開いた。
「おおー! やはりここにいたか、ウラボス殿。霊王も相変わらずよのお」
ずしんずしんと、建物を揺らしながら歩く。周りの冒険者も何事かと彼に視線を集めていた。いくら人化の魔術といえど、人間の数倍に及ぶ重さがある。ペトリュスの作りは頑丈だからいいものの、普通の家だと容易に床を突き抜けるだろう。
頭に手を置こうとするヴァーツラの手を、テオファニアは勢いよく弾いた。
「何が相変わらずか分からないですけど、視界に入れたくないふてぶてしさは変わらずで何よりですねぇ」
「はっはっは! ところでウラボス殿、一つ相談があるのだが……」
ヴァーツラの方でも何か問題が起きているのだろうか?
ことが全てうまくいくとは思ってなかったが……やはり、問題は生まれてしまうものなのか。
「この街の転生者は、どうも安価な武器しか買っていかないようでな。皆、木製の装備しか買わず、鉄製の武器が売れないのよな」
「……そんな馬鹿なことがあるか?」
「無ければ相談してないのよな」
重い鉄製ではなく、軽く扱いやすい木製武器を使う選択肢が無い訳では無い。
だが、殺傷力は雲泥の差だ。初級魔物相手に使用することで、鉄製の武器に慣れるべきだ。中級以上の魔物に、木製の武器が通用することは殆ど無いのだから。
そういえば、ペトリュスに訪れている冒険者も、木製の武器ばかり身に付けている。鍛錬場では武器の指導まではしていなかったが、改めるべきだろう。
「ウラボス殿の言うとおりに、ギルドで依頼をこなせば無理なく変える金額設定にしておる」
「じゃあ、何が問題なんだ?」
「〝初心者狩り〟よな」
その言葉が出た瞬間、テオファニアは愉快そうにくすくすと笑い出した。
「初心者狩りさんは、てっきり初心者を痛ぶることが好きな人達だと思ってましたけど……話が違いそうですねぇ?」
「その初心者狩りとやらが、はじまりの街にいる初心者の良い武器や道具を奪うらしい。別に鉄製だからって高値が付くわけじゃない……手当り次第に金になるものを奪っている可能性もあるよな」
ヴァーツラの店にあるのは、魔剣を除くと安さと扱いやすさに重きを置いた武器しか売ってない。高価な貴金属や技術は決して用いないため、大した金にはならない筈だ。
目的は分からないにせよ、障害である事実に変わりがない。
そもそもそれは単独犯なのだろうか。集団犯だった場合、それが個人的なものであればいいが、大きな組織が裏についていた場合は迂闊に手を出せない。
情報が圧倒的に足りない。俺らは長期的にこの街を育てなければならないため、慎重に行動しなければならない。せっかく一歩踏み出したと言うのに、短絡的な行動で台無しにするわけにはいかない。
「初心者狩りは、東の森の奥にいると言われてるわ」
頬杖をつきながら考えあぐねていると、リオノーラが大きなジョッキを片手に歩いてきた。もちろん、中身は水である。
「どうぞ、ヴァーツラさん」
「すまない。ところで、嬢ちゃんは初心者狩りに詳しそうよな?」
「ギルドにいるから、色々耳にするのよ。でも、初心者狩りがこの街に現れたのは1年以上前だって聞いてるわ。今も実在するかどうか分からないけど……」
「それでも教えて欲しい。俺らの……いや、セニルにとって大切なことなんだ」
俺にできることは、セニルの進歩を妨げる要因を排除すること。例え過去の存在であろうが、確かめておかなくてはならない。
「私も知っている情報は少ないわ。東の森の奥にある廃墟を根城にしていることくらいよ。目的も知らないし、何人いるかも分からない。ただ……この街が変わりつつあるという情報を手に入れたら、確実にやってくるでしょうね」
高価な武器や道具、薬を狙っているのならば……既に街の中に潜伏し、店から出てきた転生者を見張っているのではないだろうか?
俺は勢いよく立ち上がった。こうしてはいられない。
リュリュを連れて、この街に潜む悪意を見つけなければ。
「ウラボスさーん。分かってると思いますけどぉ、手、出しすぎないでくださいね?」
「分かってる!」
叫ぶように答え、俺はペトリュスから飛び出た。
目指すはリュリュがいるであろう鍛錬場。合流次第、この街に潜む〝悪意〟を探知して、初心者狩りとやらを捕まえてやる。
読んでいただきありがとうございます。
新章開始です。いよいよ話が動き出します。
次の更新は3/25予定です。