ミツの必殺技
「水と剣の速攻は、必殺技にはならないんですか?」
「ならない」
きっぱり断言すると、ミツは少ししょぼくれてしまった。が、今から覚える〝必殺技〟は魔術師として重要な要素。真剣に取り組まなければ、余計な能力になってしまう可能性がある。
「防御が硬い敵の攻略が難しいからな。特に魔力で出来た盾を破るのには骨が折れるだろう。さっきも言ったが、必殺技を当てるまでの過程では、非常に有能な能力だからな」
「分かってますけど……やっぱり、自分で覚えた能力で倒せたらいいなあって思っただけですよ」
魔術の防御は、魔術の攻撃でなければ破れない。
この世界における鉄則である。もちろん、余程の腕力とそれに見合う武器があればぶち抜けるだろうが、それはレアケースだ。
「というわけで、お前の本名を教えてくれないか?」
「本名? ……転生前のってことですか?」
「そうだ。魔術はその人の性格や生い立ちに強く影響する。生まれた時に付けられた〝名前〟も、魔術に影響するケースが多いんだ。……って、魔物を調べていたミツなら知ってるかもしれないけどな」
転生者の場合は、転生前の情報が色濃く魔術の素質に反映されてることが多い。転生前の情報というのは、性格や価値観、名前に経験した出来事など多岐に渡る。
おそらくミツは、転生前に何かしらの事情を抱え込んでいる。もしそこまで聞き出すことができれば、よりミツに適した魔術を教えられる可能性がある。
「本名、あんまり好きじゃないんですけど……そんなこと言ってる場合じゃないですよね。必殺技のためだと思えば……」
ミツは大きく深呼吸した。
「転生前の名前は〝成宮海月〟と言います。ええと……ファミリーネームが成宮で、ファーストネームが海月です」
なるほど、ミツの住んでいた国は家名が先に来るのか。この世界でも稀有な文化ではある。
そういえば〝ミツ〟という名前も前の名前から取っているのか。嫌いと言いながらも、何かしら思うところがあるのだろうか。思いつかなかっただけということもあるだろうが。
「海月とはどういう意味が込められてるんだ?」
「私の国では〝海〟と〝月〟という意味の字を組み合わせるのですが、読み方を変えると〝クラゲ〟になります。あれ? この世界にくらげっていましたっけ?」
「いるな。多くが半透明の体と触手を持つ海洋生物……だったか」
「なら一緒そうですね。親は透き通る美しさと、多才な子になって欲しいという意味を込めてつけたらしいんですけど……クラゲってそんな好きじゃないんですよね」
ミツが水属性に適しているのも、もしかしたら〝海〟という字を含んでいたからかもしれない。
ということはミツの場合、名前から魔術を考えるのが無難か。別に素質に合ってない魔術とわかれば、別の魔術習得に切り替えればいい話だ。
「クラゲ……〝毒〟か。毒の魔術がミツにあってるんじゃないか?」
分類的には水属性に含まれるため、習得はさほど時間がかからない筈だ。
これ以上無い属性だと思って言ったのだが、ミツは不満げな表情をしていた。
「どうした? 派手で格好良くなくて、地味で陰湿そうな魔術だと思ったか?」
「そういうわけじゃないですが……なんかグロそうだなって……」
「炎で人を焼肉にするのも、風の鎌鼬で血飛沫を散らす人体の断面を見るのも、なかなかグロッキーだと思うが」
「夢のない事言わないで下さい! 確かにそれが現実なのはわかってますが……」
ミツが何に引っかかっているか、イマイチ的を得ない。
ふと、初めてミツと会った日の会話を思い出した。
「そういえば、ミツは水属性のことを最弱と言っていたが……毒の性質を付与すれば、ほぼ全ての属性に劣らなくなると思うが」
「ほんとですか?」
ミツがやっと食いついてくれた。どうやら、この観点の話をしたのは正解だったらしい。
「鉄をも溶かす〝溶解〟は火に匹敵するだろう。斬撃は放てないが、気体……〝毒ガス〟にすることで、風属性魔術に匹敵する攻撃範囲になる。神経毒に致死毒など、闇属性ほどではないがバリエーションある効果が期待できる。そして毒を薄めて〝薬〟にすることで、ストック可能な治癒術は光属性よりも便利なはずだ」
確かに見た目は派手じゃなく、格好いいわけでもない。ただ魔術としては果てしなく有能で使いやすい。
攻撃のバリエーションが非常に多く、近距離・遠距離両方に対処できる。
「弱点をあげるなら、防御力・即効性だな。魔力・物質……どれも融解させるまで時間を要する。薬を飲んでも、聞き始めるまでには僅かなラグがあるだろう」
これは昔、ネナから教えてもらった知識だ。
彼女は毒について造詣が深い。植物の毒も、人が生み出した人造の毒についても、だ。
「とはいえ、毒魔術は使い手が少ない。ミツの俊敏さ、水流による軌道補正と組み合わせれば、ほぼ無敵の不意討ちができるだろう」
「不意討ちが必殺技って、なんか私卑怯すぎませんか?」
言葉とは裏腹に、ミツは笑っていた。
「でも、合点しました。確かに毒魔術は〝私らしい〟魔術かもしれません」
ミツは立ち上がり、俺に頭を下げた。
「教えてください。毒の魔術を」
「もちろんだ。だが、これはどちらかというと知識が必要になる。この世界にはどういう毒が存在し、どういう効果があるか。魔術によって化学反応の過程を跳ばせるといえど、知らなければ発動させることはできないからな」
「分かりました。こう見えて、勉強は得意ですから」
この世界に転生し、本を読んで様々な知識を身に着けていたミツなら、尚更知識重視の魔術はふさわしい。
と、ミツを見ると上を向いていた。薄汚れている木目しか目に入らないはずなのに。
「……毒……この世界でも使うことになるなんて……」
「ん? なにか言ったか?」
「あ、いえ。ええと、特訓は明日からですか?」
「ああ。といっても、最初は座学が中心だけどな。それからイメージ練習をして、次に実践形式に移る。なにせ扱いを間違えてはいけないデリケートな魔術だからな」
「毒の危険性は分かっていますよ。では、私は家に帰りますね」
ミツは再びお辞儀をして、鍛錬場を去った。
いつも俺の返事を待ってから帰るのに、今日は違った。
「今日のミツはいつにも増して、考えていることが分からないな」
数百年生きてきたとはいえ、人の心を読むようなことはできない。
けれど、ミツが何を思って魔術を使っているかは、魔力を見れば分かる。だから焦る必要はない。もしミツにふさわしい魔術であれば、必ずミツの想いが魔術になって現れる。
だからその時を待てばいい。
彼女が本当の自分を垣間見せるその瞬間を。
読んでいただきありがとう御座いました。
次の更新は今週金曜日予定です。
新章に突入します!




