冒険者指南と〝小妖精〟
街に鍛冶屋と薬屋を作り、ギルドを変えてから早二週間経った。
特に宣伝活動をしたわけではないが、噂が人を呼び、どの施設も毎日絶えず人が訪れるようになった。
特にギルドは大盛況で、制限がかかるほど転生者たちが依頼に食いついた。この街でのほほんと暮らしていたとはいえ、やはり心の何処かでは冒険者として過ごせる日を待っていたのだろう。
セニルの転生陣がある場所へ行くと、有志によって立てられた看板ができていた。鍛冶屋、ギルド、そして、鍛錬場への方向と道筋が分かりやすく書かれている。
「俺も負けていられないな」
鍛錬場へ戻ると、数人の冒険者が訪れていた。
「先生! 得意属性判断をしてほしいって人が来てます!」
「わかった。すぐ支度する」
俺は鍛錬場で二つ、冒険者にとってのサポートをしていた。
一つはミツの言った〝得意属性診断〟だ。
体内に巡る魔力を取り出して、色々な刺激を与えると、どの属性の魔術に適しているか知る事ができる。それを教えることで、不向きな属性に時間を割いてしまうことを防ぐ事ができる。
冒険者を諦めた者たちの第一歩になるべく、診断は対価無しで行っている。そのため転生者だけでなく、冒険者を志望していない街の人が訪れてくれた。
はじまりの街改革は街全体で行うべきで、俺一人でできることではない。だから、街の人と仲良くなり、冒険者育成に対して大きな反発がなかったことは非常に大きい。むしろ、何か協力できることがあればと言ってくれる人が現れるほどだ。
この街には、冒険者相手の商売人が多い。
苦しい生活を余儀なくされていた商売人の生活安定にも繋がる。だから、冒険者が増える事に肯定的な人が多かったのかもしれない。
そしてもう一つは、基礎的な魔術指南である。
「いいですか! 魔術を使うとき、大事なのはイメージです! 例えば、火を起こすなら暖かくなって、音同時に赤い光が上がり、続いて煙が上がって消える。……生じてから消えるまで、何度もイメージするんです!」
鍛錬場の外で、ミツが声を張り上げている。
独学で魔術の発動に至り、実践レベルまで引き上げたミツに指導を任せていた。転生者が初めて魔術を使うとき、どういうイメージをすれば発動しやすいか、思いの外的確に指導できていた。
やはり、俺の見立ては正しかった。面倒見がいい彼女なら、この鍛錬場を引き継ぐことはできるだろう。別に俺でなくても、得意属性の判断をする手段はあるからな。
ただ、
「うわあ! 火が大きくなりすぎました! 燃えます……木に火が移っちゃいます!」
あたふたしながら、ミツは俺へと助けの目を向けてきた。
魔術の発動に関する指導はできるが、発動してからの制御の指導はできていなかった。といっても、魔術制御の方法は人それぞれであるため、ミツが指導するには難易度が高すぎる。
そんなこともあろうかと、俺はもう一人助っ人を連れてきていた。
「はーい、深呼吸してね。はい、さん……に……いち……ぜろ。そうそう……落ち着けば火も落ち着くからね。うんうん、上手だよ」
銀の短髪をかきあげた少年が声をかけると、暴走しかけていた火は徐々に小さくなり、安定させることができた。
「ありがとうね、リュリュくん」
「いえいえ。お姉さんまで焦っちゃうと、余計に乱れちゃうからね。何が起きても、平常心を保つこと」
「はい、リュリュ先生!」
「徐々に出来たらでいいから、無理にやろうとする必要はない。けど、先生が焦ったら生徒も余計に焦るからね」
少年はミツよりも更に身長が低いが、ミツより落ち着いた雰囲気を纏っていた。男らしいキリッとした瞳だが、幼さの残る丸みを帯びた顔つきをしている。
彼は俺の視線に気付くと笑顔で駆け寄ってきて、俺とハイタッチを交わした。
「もう、僕置いていかれると思ったよ」
「外の世界について、クネイトゥラで一番詳しい親友を置いていく訳ないだろう」
彼の名はリュリュ。
クネイトゥラで俺に漫画など人間の文化を教えてくれた〝小妖精〟である。
他の三体とは違い、クネイトゥラ以外にもいる一般的な妖精種である。クネイトゥラに住める最低限の戦闘力を有するが、常識の枠を出ない範囲である。
「ボクを連れてきたのは、外の世界に詳しいだけじゃないよね?」
「そうだ。お前の特異な能力……人の悪巧みを見つけ出す能力を頼りたいんだ」
リュリュには一つ、他のレプラコーンには持たない特殊な能力を有している。
それが人間の悪意や、企みの感情を察知する能力である。非常に曖昧な能力だが、リュリュ曰く〝妖精は人の心と親和性が高く、ボクの悪戯心に近い人と反応しちゃうみたい〟らしい。
「今のところは大丈夫だよ。まあ、不安定な力だからあまり期待しないでね?」
「謙遜するな。何処かの国に雇われた時は、適確に反乱分子を見つけ出したんだろう? 不安定でも無いし、十分に信頼に値する力だと思うけどな」
「えへへ……ウラボスさんに言われると嬉しいな」
頬を赤らめて可愛らしく笑うが、彼は男である。表情や仕草だけをみれば男か女か、とても分かったものではない。
「やっぱり、人間って面白いよね」
「ああ。リュリュの言う通り、飽きないな」
「でしょう? でも、嫉妬しちゃうな〜。もうあの人間と仲良くなってるんだもん。人付き合いがそこまで上手くなさそうなのに……なんでだろうね」
「さらっと刺さることを言ってくれるな。ただ目的が同じだった……それだけだ」
「ふうん……それだけ、ね……」
リュリュは探るように俺を見てくる。
俺は肩をすくめて、目をミツへと向けた。
「彼女には、この鍛錬場を引き継いで貰いたいと思ってる。独学であの域まで達した向上心に、誰とも隔てなく接することができる性格……申し分ないだろ」
「でも、彼女も冒険者を目指してるんでしょ?」
「そこがネックなんだ。ある程度は誘導してみるつもりだが……最終的には本人の意志だ。無理なら、他の人間を探すさ」
セニルの名が広まれば、優秀な指導者も訪れるはずだ。無理にミツに頼まなくとも、手は色々ある。
「そっか。でももしさ――」
リュリュは俺の前に立ち、ニヤリと口の端を上げる。
「――どうしても心を変えたいって言うなら僕に頼りなよ? だってさ……〝妖かし〟こそ僕ら妖精種の本業なんだからさ」
「それは人間が魔術に疎かった時代の話だろ。今のお前らはただの意思を持つ魔力生命体……俺から見れば人間と相違ない」
「むー。ちょっとばかし格好つけたかっただけなのに、真面目に返すなんて酷いなぁ」
俺はくしゃくしゃとリュリュの頭を撫でる。
魔術で人の心を捻じ曲げ、作り上げた偽りのシステムなど必ず崩壊する。
この世界に、魔術で民を支配した国が存続していない事実が揺るぎようのない証拠だ。もしそれが可能なら、魔王がとっくの昔に試みているだろう。
と、リュリュには冒険者の指導補佐と悪巧みの監視以外に、大事な役目があったのを思い出した。
「ちょっと、なでなでで話を誤魔化さないでくれるかな!」
「で、新作のマンガは持ってきてくれたか? 寝床にあるコレクションは、頭の固い手下のせいで一冊も持ってこれなかったからな」
「今度は真っ向から話を変えてきたよ……。まあいいや。十冊くらい持ってきたよ。鍛錬場にある君の部屋に置いてきたから」
「さすが我が親友!」
そう、マンガの調達である。
転生者の豊かな想像力と、この世界の人間では思いつかない物語が、俺の何よりの刺激だった。
もちろん、実際に出会う転生者と話すことも刺激になるが、なんというかマンガから得られる刺激とはまた別だった。
「あ、今回のはミツちゃんに見られないようにしてね。ちょっと表紙がアレだからさ」
「ああ、分かった」
リュリュが持ってきてくれるマンガのジャンルは多種多様。今回は肌色の多い男性向け作品、ということだろう。
ミツは、ネナの刺激的な言葉に過剰な反応を示していた。であれば、そのような本も好ましく思わないだろう。
「じゃあ、僕は僕のやるべきことをするよ」
「頼んだ、我が親友よ」
読んでいただきありがとうございます。
次は3月11日に更新です。
来週は2回更新に戻ります。