自然を把握する者〝妖精種〟-truth-
「ありがとう、テオファニア。……いや、〝自然霊王(バシレウス=ドリュアス)〟」
ミツとリオノーラから少し離れた森の中。
弱い魔物しかいない領域の〝外側〟へと移動した俺は、テオファニアへ頭を下げた。
「やめてくださいよぉ、気持ち悪い。そんなこと微塵も思ってないくせに」
彼女は妖精種の中でも、自然界を滑る妖精……自然霊王(バシレウス=ドリュアス)と呼ばれている。実質、全妖精の頂点に君臨する存在である。
そもそも妖精とは魔力で体を形成する精神体を指す。遠い昔……人間がまだ魔力を認知してない時代において、〝超常現象を引き起こす生きる災厄〟とも言われたことがある。まあ、魔術を認識されないことを利用して、人間をおちょくりすぎた結果なのだが……。
「結果的に、私にとっても利益ある話ですしねぇ。貴方の下というのが少々癪ですが、まあ目を瞑るとしましょう」
「助かる」
リオノーラは葉に手を添え、愛おしみを込めて口づけする。
「でも、あの子達は微塵も思ってないでしょうね」
「気付かれる訳がないだろう。まさかここが……〝クネイトゥラ〟だとはな」
そう、ここは俺の住んでいた島……この世界の果てで、魔王を倒した後に訪れる最終地点。
隣町にすら行ったことのない冒険者が、まさかそんな場所に来ているとは夢にも思わないだろう。
「でも本当に困ってたから、ちょうど良かったですよぉ。外から紛れ込んできた弱い魔物を、ちょうど減らしたいと思ってたんですよねえ。ここだと天敵が全くいませんから」
クネイトゥラに住む魔物の殆どが、大気中の魔力を食料源にしている。そして、実害を及ぼさない魔物に攻撃をするメリットはない。
だからここに住む魔物は、弱い魔物が入ってきても攻撃をすることは殆どない。そのため、弱い魔物にとっては楽園である。一定のルールさえ守れば、強力な魔物の庇護のもとで、のびのびと生活できるのだから。
「ここにいる連中はのんきなものですよぉ。小さい魔物でも、少なからずこの島の生態系に影響は与えるんですけどねぇ」
「だからこそ、〝自然圏調整者(バイオスフィア=コーダー)〟という存在がいるのだろう?」
「そうだんですよねぇ」
自然霊王の中でも、わずかにしか存在しない自然圏調整者(バイオスフィア=コーダー)。この世界の生態系のバランスを調整することを使命としている。時には弱き存在を守り、時には増えすぎた生物を減らす生態系の調整役である。
テオファニアはこのクネイトゥラにおける自然圏調整者であるため、いわば俺や龍族すらも管理している妖精ということになる。そして、その役割に値するだけの力を秘めている。
俺にとって、テオファニアは唯一頭の上がらない相手だ。テオファニアの承認がなければ、生態系を壊しかねない魔物がこの島から外に出ることは許されない。ヴァーツラやネナがセニルに行けるのも、テオファニアの許しがあってこそだった。
「で、その自然圏調整者に黙って外に出た犯罪人が、目の前にいるんですけどねえ」
「悪かったって。ちゃんと報告しに戻っただろ?」
「事前承認が絶対、ですよぉ?」
「……次から気をつける」
「よろしい。まあ、今回の件……魔物数調整に人間を使うというアイデアに免じて不問にしてあげますよ」
テオファニアはぴんと指で葉を弾く。そしてスキップしながら近づき、耳元でぼそりとつぶやく。
「それにしても、封印前とはどこか雰囲気が違いますねぇ」
「き、気のせいじゃないか?」
不意の探りに、少し動揺してしまった。
テオファニアには絶対に、俺が封印されていると知られてはならない。俺にヴァーツラなどを御する力が無いと知られたら、即刻帰されるだろう。
「……そういうことにしておきますかぁ。でも、ちょっと性格が丸くなったんじゃないですか?」
「どうだろうな。もしかしたら、人間の書物を読んだ影響かもしれないな」
「マンガ……でしたっけ? 前に読ませていただきましたが、あまり良く分かりませんでしたねぇ」
「そうか? セニルにも売ってるらしいから、今度別のを買ってやるよ」
「ありがとうございます。興味はありませんけど」
なんとかバレてはいなさそうだ。
ふうと小さくため息をついた。テオファニアと一対一で話すと、精神の摩耗が激しい。
「じゃ、俺はあの二人の元に戻る」
「はい。ギルドのことは、私テオファニアが、自然霊王の名にかけて全ういたしましょう」
彼の背が見えなくなった後、私は堪えられずに笑ってしまった。
この島の主である彼は、封印を経て本質が変わったのは明らかだった。
地脈龍も、魔草人もきっと感じているだろう。
で、あれば――。
この変異に気づいていないのは彼自身だけ。
いや、もしかしたら気付いていながらも、心が気付かせないよう御しているのかもしれない。
貴方ほどの存在を、書物数冊で変えられる訳がない。
可能性があるとしたら、たった一人の人間。
この世界史で唯一、彼の首元に刃を突きつけた男。
「……一体、何があったんでしょうねえ。彼と勇者の間には」
自然霊王としてではない。
本来では生じ得ない、個としての興味。
戦いにしか興味のなかった彼が、どのような経緯で考えを変えたのか興味がある。
だからこそ、彼のヘルプに応じた。
彼の近くにいれば、何か知れるかもしれないと思ったから。
読んでいただき、ありがとうございます。
最近筆の調子がいいので、今週は3回更新です。
来週もこのペースが持続できたらなぁ……
次は3月8日の更新です。