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自然を把握する者〝妖精種〟-lie-

「どこに行ったんだ……あいつは……」


 俺はネナの家を出た後、すぐさまミツを探し回った。崖の上から橋の下まで、セニルの全てを隈なく。鍛錬場に戻った形跡もなく、鍛冶屋にもいなかった。


「人探しすら……出来ないとか……泣けて来るな」


 走り回った訳ではないのに、息が上がり、疲労で膝が震えている。ベッドの上でしか生活していなかった弊害が、あまりにも大きい。


 煩わしい封印さえなければ、身体強化に魔力の追跡など朝飯前だと言うのに。


 既に日は沈みかかり、セニルの崖下は影で覆われている。こうなっては、目視で探すのは困難だ。俺は諦めて、次に回る予定だったギルド〝ペトリュス〟に足を向けた。


 この一週間で変えたのは鍛冶屋、薬屋、そしてギルドの三つ。冒険者にとって必須の施設に力を入れた。特にギルドについては、ミツにより驚いてもらえる仕様になっていた筈だった。


「ギルドに行かなきゃ、アイツが怒るからな……」


 ペトリュスにはリオノーラという女性職員がいるが、助っ人として一人魔物を連れてきていた。俺が連れてきた魔物で、一番厄介なのがそいつだ。正直、俺の手に余る存在ではあるが、彼女以外にギルドの補佐に適任な魔物はいなかった。


 周りが薄暗くなってきたためか、ペトリュスには灯りが点っている。前に見たときには綺麗だという感想を抱き意気揚々と階段を上がったが、今は体を締め付けるような圧迫感を覚えている。あいつがいると思っただけで、足を進めることを躊躇ってしまう。

 階段を登り、ドアノブを握りしめる。


「よし」


 深呼吸をし、気持ちを落ち着かせてからドアを開いた。


「いらっしゃい、変態さん」

「……変態先生」

「遅かったですねぇ、変態さーん」


 俺を出迎えたのは三方向からの同時攻撃だった。

 カウンターの奥には、楽しそうに笑みを浮かべるリオノーラ。

 椅子に座っているのは、冷たい瞳でじっと見つめるミツ。

 そして、ミツの隣りに座っているのが……


「……テオファニア」


 二メートルを越える金髪が、まるで水に浸かっているかのようにふわふわと宙を浮いている。群青の瞳をこちらに向け、白い太腿を露わにして足を組んでいる。細長い妖精族特有の耳に髪を引っ掛け、恭しく俺に頭を下げた。


「はぁい、妖精族のテオファニアでーす。……心做しか怖じ気ついてませんかぁ?」


 外見だけで判断すれば、長身でスタイルの良い随一の美しさを誇る妖精である。


「気のせいだろ。って、揃いに揃って変態扱いは辞めてほしいな。リオノーラはともかく、テオファニアはネナのことを知っているだろ?」

「さぁ? 何を仰ってるかよく分かりませんねぇ」


 くすくすと笑いながら恍けるテオファニア。


「小さな小屋で二人きりになって密会……しかも小さな子ども相手に。いくら百年も溜まっているからといえ、ねぇ? あ、でもウラボスさんも男性ですもんねぇ。狼さんになってしまうことも――」

「分かった分かった! ちゃんと説明しなかったことは謝る。な?」


 俺はミツに顔を向けて、頭を下げた。

 ミツはバツが悪そうに顔を背けた。


「……私も、話を聞かずに走ってしまいました。ずっと探してくれてたんですよね……すみません」

「あら、もう仲直りですかぁ? 合法的にウラボスさんをいじれなくなっちゃうじゃないですか」

「テオファニアは少し静かにしてくれ」


 テオファニアは昔から、人をおちょくるのが好きな妖精だった。俺やガーゴイルにヴァーツラ、喧嘩っ早い魔物にすら躊躇いなくちょっかいを出した。それ相応の力を持っているがゆえに、なおたちが悪い。


「えーと……テオファニアから話は聞いたか?」

「何も聞いてません」

「私もよ。ずっと珈琲を飲んでるわ」


 当の本人はコップを揺らし、珈琲の香りを楽しんでいた。


「人間って面白いですねぇ。種子をこんなに面白い飲み物に変えるなんて……ウラボスさんが肩入れしちゃう気持ちが分からなくないですねぇ」


 このマイペースさを知っていたから、何か話しているとは思わなかったが……ここまで我が物顔で寛いでいるとは。


「テオファニアは妖精族……というのは見たら分かるな。彼女には依頼の作成をしてもらう。リオノーラは今まで通り、依頼の処理をして欲しい」

「いいけれど……依頼ってどこで作るの? 街の人からは依頼なんて来ない。街の周りにいる魔物は強くて初心者には手を出せないわよ?」

「別に街の周囲でなくともよいだろう。弱い魔物がいればいいんだ」


 俺はテオファニアに、視線を送る。

 テオファニアははぁと気怠げにため息をつき、ぱちんと指を鳴らした。


 すると、フロアの中央に黒い光の渦が出現する。床から天井までの縦長い楕円形をしており、人一人が入れるような大きさだった。

 唐突な現象に、ミツもリオノーラの固まっていた。そういえば、普通の人間はこの術を見たことがないのか。


「これは空間転移術だ。君たちを害する術じゃない」

「空間転移……? 十人の熟練魔術師が、長い時間かけた儀式詠唱でようやく発動すると言われている、あの……?」

「ふふっ、そう言われると照れちゃいますねぇ」

「とりあえず俺について来てほしい」


 俺は率先して、黒い空間へと入っていった。

 テオファニアは妖精の中でもとりわけ魔術に秀でていた。魔力量と火力ならヴァーツラが勝るだろうが、魔術発動技術と制御に関してはテオファニアが圧倒的に勝る。


 詠唱も魔具もなく、魔術陣すら開かず、何の予備動作もせずに最高難易度の魔術を発動させたのが確たる証拠だ。


「……ここが、初心者たちが依頼をこなす場所だ」


 俺に続き転移してきたミツとリオノーラは、現状を飲み込めずに呆然と周りを見渡していた。


 転移してきた場所は広い草原の中央。周囲には背丈五十センチの小柄な魔物が闊歩していた。空にはぷかぷかと半透明の生命体が浮いている。その他にも、小柄で無害そうな魔物が辺りに生息していた。


「初級の魔物がいっぱいです! ……これなら、私でも……」


 風に揺蕩う水色髪を抑えながら、剣を取り出そうとしたミツの頭にチョップを下ろす。


「あいたっ」

「まだ調整中だ。ミツの言うとおり、ここにいるのは全員初級魔物だ。魔術は愚か、即死の攻撃手段を持たない物ばかり。無知な者の相手には丁度いいだろう」


 リオノーラは不安げに俺を見上げていた。


「ねぇ、ウラボスさん。ここは一体……?」

「この世界のどこか、だ。詳しいことを知る必要はない。何故なら、冒険者として成長に必要な弱い魔物たちがたくさんいるのだからな」


 何も難しい話じゃない。

 街の周りに弱い魔物がいない。であれば、弱い魔物がいる場所へと転移する。ただそれだけの話だった。


「探せば薬草だってあるから、採取の依頼なんかも組めるだろう。この草原以外にも森、洞窟、海辺で依頼をこなすことができる。どうだ、リオノーラ?」

「文句言いようが無いわね。こんな奇跡のような解決方法があるなんて……まるで夢を見ているみたい」


 いまだ信じられないといった表情で見渡している。

 そして、転移してきたテオファニアに視線を移した。


「まさか貴方が転移術も使える方だったなんて……」

「畏まらなくていいわよぉ。ただ、私は珈琲と寝床を頂ければ十分よ」


 コーヒーカップを片手に、テオファニアは柔らかな笑みで返した。


「私は……これなら……本当にギルドの職員として……」

「働けますよぉ。でも、今までみたいにぐうたらできなくるのは、貴方にどってどうなんでしょう?」


 リオノーラは何か言おうと口を開け、閉じた。視線が空を二・三度横切らせたあと、絞り出すように――


「……でも……国の役人が……」


 俺とテオファニアの間に、一瞬視線が交わされる。


「何か聞かれたとしても、確固たる成果を堂々と示せばいい。冒険者が動き、ギルドが活性化して利益になるのはこの街……そして、国だ。躊躇うことはあるまい」


 人間の世界は所詮、金で物事が動いている。街にとって、国にとって利益になると分かれば抑制する理由などない。


「そうよね……。ええ、私もぜひテオファニアさんとギルドを変えたいわ」

「ふふ、決まりですねぇ。よろしくお願いします、リオノーラ」

「こちらこそ」


 二人は笑顔で握手を交わした。

 これで、ギルドは生まれ変わる。お飾りではなく、本当の意味でセニルのギルドとなる。


読んでいただきありがとうございます!


次の更新は3月6日水曜日です。

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