意思を持つ淫らな薬草〝魔草人〟-lie-
鍛冶屋を後にした俺とミツは、川に沿ってセニルを南下していた。
セニルの南の方は、作物を育てる畑が広がっている。この辺りも建物は白色だが、道路は自然な石の色で、柵も塗装は殆どされていない。
「のどかですね。 少し離れただけなのに、こんなに静かになるなんて」
鍛冶屋を出てから、ミツは上機嫌だった。
手を後ろで組み、ステップ気味に歩いている。ミツでなくても、鍛冶屋が冒険者に良い刺激が与えられることを期待できそうだ。
「こっちの方に来たことないのか?」
「はい。橋の魔物避けから遠いので、ほんのたまに魔物が来ちゃうらしくて……その……」
「ビビって来れなかった、ということか」
「はっきり言わないでくださいよ! そうなんですけど!」
はじまりの街であれば、必ず一つ以上は魔物対策が施されてある。セニルであれば、街の中央にかかっている巨大な橋である。
崖の上を繋ぐ唯一の橋であると共に、強力な魔物避けの術式が橋全体に刻まれている。だからこの街に魔物が入り込み、無知な初心者冒険者を殺すことは無い。
とはいえ、俺やヴァーツラのような度の超えた魔物には作用しない。ぴりぴりとした不快感を少し感じる程度だ。
「さ、次は薬屋を案内しよう」
「薬屋が出来たんですか! 王都にも数十人しかいないって聞いてたのに……」
「それは正式な資格を持つ者の数ではないか? そういうのは持っていないが、腕は確かだ。さて、そろそろ着くぞ」
ミツはきょろきょろと周りを見渡し、首を傾げた。
「民家以外の建物が見当たりませんが……」
「目の前だ」
俺が指を向けた先には、丸太と蔦で作られた家があった。二メートルほどの高さの丸太で、三角錐が作られている。家と言うにはあまりにもお粗末だ。出入りするところは気がくり抜かれ、ぼろぼろの布が仕切りとして垂れ下がっている。
「……竪穴式住居みたい……」
「タテアナ? 何だそれは」
「あ、いえ……なんか不思議な形だなって」
「全くだ。こんなちっぽけな空間で、よく狭苦しいと感じないものだ」
俺はコンコンと二度、入口の横を叩いた。
すると、ボロ布から細い手がにゅっと伸び、続けて小柄な少女が姿を見せた。
「……まってたよ……あるじさま」
春の新緑を連想するエメラルドグリーンの髪と琥珀色の瞳を持つ、人間で言うなら十二歳前後の幼い見た目をしている。
半開きの垂れた目でとても眠そうだが、彼女にとってこれがデフォルトで、本当に眠い時は目が開いていない。
俺は彼女の体を見て、大きく嘆息した。
「……ネナ、ここでは葉だけの服はやめろって言っただろう?」
彼女はそこらにある葉を、細い蔓で繋げただけの服を纏っていた。葉の密度が少ないため、隙間隙間から彼女の白い肌が見えてしまっている。風で葉が揺れるたびに、際どい場所が見えたり見えなかったりしていた。
「……ゆうわく?」
「俺に聞くな。さっさと着替えてこい。俺が渡した服があるだろ?」
「……わたし……服、嫌い」
「駄々捏ねるな。着替えるなら、今日はもう帰らせてもらおうか」
「むー」
頬を膨らませ不服そうな顔をしながら、彼女は体を引っ込めた。ちょんちょんと、二の腕をミツに突かれる。
「あの、先程のいかがわしい人はいったい……?」
「あいつは常識の無い痴女だ。だから、少しばかり変な挙動をしても、そういう奴だと思って認識してくれればいい」
「は、はぁ……」
どうリアクションすればいいのか分からず、ミツは困惑した表情で入口を見つめていた。まあ、誰だって彼女に会えば意表を突かれるだろう。
5分程経っただろうか。
少女はワンピースを羽織り、家の中からのっそり出てきた。
「……あのな、服を着てこいとは言ったが、百年以上前に渡したボロボロワンピースを着てこいとは言ってないぞ? 色が汚れまくってるし、血痕らしき赤い斑点も付いてるし、ところどころ破けてるじゃないか。しかも弛んで胸元みえそうになってるんだが」
結果的に言えば、先程の葉っぱの服と何も変わらない。
「……こういうの……すきかな、と思って」
「好きじゃない。ったく、また服を買ってやるから、それを着るようにな」
「!」
表情はぶっきらぼうだが、僅かに頬が緩んだ……ように見えた。
俺は彼女の肩を押し、ミツの前に立たせる。
「こいつは魔草人……〝マンドレイク〟のネナだ」
「マンドレイク……!? さきほどのヴァーツラさん……地龍に匹敵する高位の魔物じゃないですか! ……ウラボス先生って、一体何者なんですか?」
「ちょっと人脈の広いってだけだ。あ、人脈じゃなくて魔物脈か」
意思を持ち、人と同じような生活を営む植物……魔草人。
植物と同様に根や太陽光から栄養を得られるため、水さえあれば生きていける。そして彼ら自身、そこらの薬草以上の効能があるため、身を潜めて暮らしている場合が多い。
地竜ほどではないが、魔術に秀でた種族の一種であることには間違いない。
「でも、見た目はどこからどう見ても人間ですね。本に載っていた絵はもう少し植物っぽい気がしました」
「ま、例外もいるってことさ」
っと、そろそろネナの視線が痛くなってきた。自分を放って楽しく会話しているのが気に食わないのだろう。
「で、あいつは人間のミツだ」
「ミツ……あるじさまの、はんりょ?」
「伴侶!?」
ネナの口から出た意外な単語に、ミツの声が裏返った。
俺はため息をついて、ネナの頭をコツンと小突いてやった。
「あいたっ」
「ミツ、気にしなくていい。ネナはその手の話題が好きなんだ」
「は、はぁ……」
「むう……」
何故か先程から似たやりとりが繰り返されている気がする。
ネナの言葉に反応しては話が前に進まない。
咳払いして、無理矢理話の方向転換をする。
「本題に入ろうか。ネナには、この街で薬を作って貰おうと思ってるんだ。薬草の扱いで、魔草人の右に出る種族は無いからな」
魔草人は知識に加え、本能で植物を理解している。
知識だけでは生み出せない効能を持つ薬を作り出すことや、一般的に広まっている方法よりも遥かに効率よく薬を作ることができる。
「それはいいですね! 武器に続き薬があれば、恐れず外に行けるというものです」
俺はネナの家の隣にある、小さな小屋へ顔を向けた。
高さ二メートルほど、大人が六人入れるかどうかの広さしかない。
「ちなみに、あそこが薬屋の予定だ。ちょうど棄てられた小屋があったからな。鍛冶屋みたいにいいところがあったら良かったんだが……」
「すごくボロボロで蔦まみれなんですけど……大丈夫ですか?」
「後々、綺麗にする必要はあるが……今は大丈夫だろう」
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